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8.また今日も少女は死ビトに触れる

 あれから一ヶ月以上が経過している。

 私の怪我はほぼ完治した。

 正直、本当に完治するとは思わなかった。


 三日後に新たな場所に連れて行かれるらしい。

 私はいまだに帝国の持ち物。

 変わりは掃いて捨てる程いるはずなのにね。


 マンダリンと名乗ったお婆さん。

 ここミニャオンで名医と呼ばれるお医者様だった。

 その為、騎士団や傭兵団にも知られていたようだ。

 だから、私の粗方の事情も知っていた。


 ある程度怪我も回復した。

 私は自分に起きた出来事。

 訪れた騎士様に話す事になった。


 思い出したくはなかったけど。

 嘘偽りなく、記憶にある限りの事を伝えた。

 その後、あの場所がどうなったのかを聞かされた。


 あの場所にいたのは第二騎士団の七割と、第五騎士団の五割。

 そのうち半数以上が死亡し、残りは消息不明。

 イキン傭兵団もほぼ全滅。

 消息不明者もかなりの数がいるとの事。


 生存が確認されたのは私一人だけだった。

 ポーラさん、アイビ、マイーラさん。

 三人も消息不明の中に入っていた。


 その話しを聞いた後、私は半狂乱になったらしい。

 私自身には、その後何をしたのか記憶がない。

 泣き叫び、暴れて、それは酷かったそうだ。


 その後二週間近く、糸の切れた人形のようだった。

 そう、マンダリンさんは言っていた。

 正直、ここまで精神が持ち直すとは思ってなかったらしい。


 彼女は、私に元気が戻り始めている。

 そう思っているのかな?

 いまだ糸の切れた人形のままなのにね。

 気付いていたりするのだろうか?


「後三日でお別れじゃな」


 静寂が支配し、寝静まった空間。

 眠れない私。

 突然訪れたマンダリンさん。


「こんな時間に珍しいですね」


「そうじゃな。いつもなら眠っている時間じゃが」


 何だろう?

 何か私に用事なのだろうか?


「正直話すかどうか迷ったんじゃがな」


 私のベッドの側に来ると、椅子に腰を降ろしたマンダリンさん。


「あの事件が起きた後、実際に起きたのがいつなのかは、マリー、お前さんに話しを聞くまで正確なところはわからなかったんじゃがな」


「はい」


「これは一部推測なのじゃがな」


「え? はい」


 マンダリンさんは何を話そうとしているのだろう?


「お前さんの話し通りじゃったとしたら、おそらく河に落ちた時点ではお主は重症だったのじゃろう。もしかしたら死ぬ寸前じゃったのかもしれぬ」


「え? でもそれじゃ、何で?」


 私はこうしてここで生きているの?


「もう大分昔に聞いた話しじゃ。蟲人(インセクトゥムヒュマーナ)のうち、綺麗な模様の黒い翅を持つ種等、一部の蟲、彼等彼女等の翅の鱗粉には、強力な癒しの効果があると聞いた事があるんじゃ。実際に体験した者の話しでは、致命傷さえも死にさえしなければ、癒すんじゃそうだのぅ」


 そんな話し初めて聞いた。


「でも、癒しの効果があるのに、私の骨折が直ってないのは? 矛盾しませんか?」


「ずっと思っておったが、中々に聡いのぅ。効果があるのは、あくまでも外傷、体の外側に出来た傷じゃな。骨が折れるというのは、体の内側の事じゃ。じゃから、効果が無いもしくは薄いのじゃろう。骨が皮膚から突き出た場合などはどうなのかまでは、わからんがのぅ」


「どうして私にそんな話し?」


 そんな話、私にしてどうするんだろう?


「どうしてかのぅ? お(ババ)にもわからん。この話しを知っている者で、今も生きている者はおらんからのぅ。もう老い先短い身じゃしな。誰かに伝えておきたかったのかもしれんな」


 私は何て言葉を返したらいいんだろうか?


「どっかの医者の婆さんが、何か話しておったとでも思っておけばええ。マリー、そろそろ寝なはれな」


 遠ざかっていくマンダリンさん。

 結局私は何も言葉を掛けれなかった。


-----------------------------------------


「マンダリンさん、お世話になりました」


 あれから三日が経過した。

 まだあの時の記憶は曖昧。

 私は、あの時の黒い翅の蟲人(インセクトゥムヒュマーナ)

 彼彼女に助けられたのだろうか?

 誰がここまで運んだ?


 朝目覚めたら家の前に私が倒れていた。

 マンダリンさんはそう言っている。

 それが真実なら、誰かがここまで運んだという事になる。

 何で態々そんな事をしたのだろうか?


「ふむ。体はほぼ回復しているようじゃな」


 確かに動かしても不都合は感じない。


「騎士達はもうすぐ来るじゃろうな」


「そうですね」


「戦争が始まってから三年以上過ぎておる。一応膠着状態のようじゃがな」


 今更私にはどうでもいいこと。

 でも、何で奴隷身分のような私。

 帝国は厚遇しているんだろう?


「帝国は何故、私みたいなただの奴隷を厚遇するんでしょう?」


「さてな? わからんよ。じゃがな。マリーにはしなければならぬ事があるのやもしれんぞ。帝国が厚遇するのも何か意図はあるのじゃろうがな」


「しなければならない事? 自分一人で生きる事も出来ないのにですか?」


「死んでしまえば何も出来なくなってしまうもの。じゃが、生きていればな。今は意味すらわからぬじゃろうが。いずれわかる時が来るのやもしれぬぞ」


 正直、そんな事を言われてもわからない。

 家族に疎まれ続け、奴隷に成り下がった私。

 一体何の意味があるというのだろうか?


「こんな婆さんにも、数年前までは家族がおった。旦那に息子夫婦、娘夫婦、孫達」


 誰にでも家族はいるのは当たり前だと思う。


「全てこの手から零れ落ちてしまったがの」


 零れ落ちた?

 死んだって事だろうか?


「何故こんな婆だけが生きているんじゃと思う日もある」


 そんな事を言われても、私には何も言えない。

 でも、同じような悲しみは知っている。

 もう、皆には会えない。


「だからこそ、いまだに医者を続けているのかもしれぬがな」


 マンダリンさんの独白を聞いていた。

 その間に騎士団らしき馬車が到着する。

 中から出てきた騎士。

 言われるまま、私は乗り込む。

 何処に連れて行かれるのかはわからない。

 でも、もうどうでもよくなっていた。


-----------------------------------------


 私は今日も、運ばれてきた死ビトに触れる。

 これが私の与えられた仕事だからだ。

 他に生きる術を、私は知らない。

 また全てを失った私。

 この仕事を続ける意味があるのかわからない。


 ここに来て二ヶ月。

 私は、ただただ毎日仕事をこなしているだけ。

 そこに意味も意義も感じていない。


 生きた死ビト。

 影でそう言われてるみたいだ。

 別にどうでもいいけど。


 陰口を注意する人もいるみたい。

 不憫に思われているのか、私に声を掛けてくる人。

 手馴れているから、褒めてくれる人もいる。

 でも、何を言われても何も感じない。


 仕事だけはちゃんとしているからだろうか?

 新しい傭兵団の団長。

 騎士団の団長からは良く声をかけられる。

 仕事はちゃんとする。

 だから、正直構わないで欲しいな。


 私は今日も、運ばれてきた死ビトに触れる。

 鎧をまとった死ビト以外。

 いろいろな死ビトが混じる頻度が最近多い。

 同じくらいの少年少女。

 高級そうな服で着飾った青年。

 綺麗で煌びやかなドレスの女性。


 片腕の無い質素な男性。

 両足が砕かれた女性。

 稀に獣の耳が生えているのとかもある。


 生きる為に、耐えてきたはず。

 でも、今の私はどんな死ビトを見ても何も思わない。

 何でだろうか?

 わからないけど、もうどうでもいいような気がする。


 あぁ、でも一つだけ思う事がある。

 このまま、無駄に不様に生き続ける。

 それなら、せめてあの崖の上の花。

 一度近くで見てみれば良かったな。

 そして私は今日も、運ばれてきた死ビトに触れる。

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