7.イタイアツイ
「おかしいっていってんのに、誰も聞きやしなかったからさ」
「ルテア!? てめぇ・・え?」
彼女が手に持っている物。
私もマイーアさんも衝撃を受けた。
右手に持っているナイフじゃない。
ポーラさんの生首を左手に持っていた。
その場に蹲っていた私。
現実を受け入れられない。
「ポーラの首!? ルテア!! てめぇ!!」
激昂したマイーラさん。
私の視界にちらちらうつる二人。
ナイフを持っているルテアさん。
でも、マイーアさんのほうが、背も筋肉もある。
何とか立ち上がった私。
視界に入ってきたのは、血塗れのマイーラさん。
彼女に圧し掛かられて、殴られているルテア。
彼女の意識は既に無いようだ。
「ポーラさん・・・」
「くそ・・・ルテア・・くそがぁぁぁぁ」
聞いた事もないような怒りの声。
マイーラさんのこんな叫びは始めて聞いた。
落ちているナイフを拾った彼女。
何をするつもりかわからなかった。
直後聞こえてくるルテアの叫び声。
「はぁはぁはぁ、感情的になりすぎた。ポーラ・・埋葬する事さえ出来ない。すまない。必ずマリーは逃がしてみせる」
再びマイーラさんに手を引かれる。
私達二人は走り出した。
でも、何処逃げるというのだろう?
森の中に入っても彼等の庭だろう。
蟲人の追撃。
たぶん、逃げられないんじゃないのかな?
私は、おぼろげにそんな事を考えていた。
マイーラさんは、どうするつもりなのだろう?
「くそ、逃げるつったって何処に逃げる? 聞いた話しじゃ、あいつらは本来森に住んでいるんだ。森に逃げ込んでも追いつかれるのは、目に見えている。だが、このまま進んだって、あるのは崖とココリトココルの河だけだ。どーしろってんだ」
あぁ、やっぱり逃げられないんだな。
蟲達の目的はわからない。
けど、たぶん私のような気がする。
あの時の蟲達の一匹。
ミツケタって言ってたもんね。
御伽噺では過去、花人の神様と敵対していたらしい。
そう考えたら当然なのかもしれない。
例えそれが、真実じゃなかったとしても。
私はこの時点で、生きる事を半ば諦めていた。
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マイーラさんと私。
息を切らせている。
それでも、ココリトココルの河側の崖まで走った。
こんな状況だ。
花壇も踏み荒らされているんだろうな。
そういえば、傭兵団の人がいたような気がする。
アイビは無事でいてくれるといいな。
「くそ、どうする? 考えろ考えるんだ」
崖に追い詰められた私達。
逃げ場なんてあるわけない。
精々が運を天に任せて、崖から河に飛び込む。
それぐらいしか思い浮かばない。
崖の下を流れている河。
そこまで、どれぐらいの距離があるのか。
私は知らないし、知ってる人もいないだろう。
それほどに、この場所は高所にある。
そうゆう事なのかもしれないな。
近づいてくる。
蟲人の群れだ。
大小様々な鎌手の蟲人。
「ボ・タイ」
鎌手の一部は、何かを持っている。
鎌手の下についている脚。
騎士様や傭兵団らしき人を抱えていた。
アリスメリアさんもいる。
他にも見知った顔が何人かいた。
そこで私は、気付いた。
蟲人が抱えている人達。
全て女性だった。
「ボ・タイ・デキ・ルナ・ツカ・エル」
私とマイーラさんは、無意識に後退った。
気付けば崖ぎりぎりのところに立っている。
前方の群れの後ろの方。
何かが放り投げられてくる。
騎士団や傭兵団のメンバーの首。
片目が切り裂かれているカストールさん。
頬に穴が開いているらしいメモーアさんの首。
中には、血塗れで誰かすらわからないのもある。
私は、その光景を見て恐怖。
その場にへたり込んでしまった。
頭が真っ白で何も考えられない。
「ポーラ・・すまない。マリーは守れないかもしれない」
翅を広げて真っ直ぐに向かってくる。
鎌手の蟲人。
同時に、私の体に走る衝撃。
聞こえて来た悲鳴。
何が起きたのかわからなかった。
でも一つだけわかる事がある。
私は崖を落下しているという事だ。
再び体に走った衝撃。
視界に入ってくる赤色の飛沫。
場違いにも綺麗と思った私。
直後襲ってきた二つの感覚。
想像を絶する痛み。
体感した事のない熱さ。
そして、私の意識は途絶えた。
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痛い・・・熱い・・・痛い・・熱い・・痛い・。
熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い。
朦朧としている意識。
ここがどこなのかさえわからない。
いや、痛みと熱さが酷過ぎる。
考える事、それすら私には出来なかった。
痛い痛い痛い痛い痛い。
熱い熱い熱い熱い熱い。
視界を黒い何かが掠めた気もする。
イタイイタイアツイアツイ。
アツイアツイイタイイタイ。
今、自分がどんな状態なのかすらわからない。
イタイアツイイタイアツイイタイアツイ。
イタイイタイアツイアツイイタイイタイ。
アツイアツイアツイイタイイタイイタイ。
耳に聞こえてくるのは叫び声。
自分が叫んでいるのだろう。
けど、自分が叫んでいる。
その自覚さえ出来ない。
生きているのか死んだのか?
現実なのか夢なのか?
どうやら、私はまた意識を失っていたようだ。
意識はまだ朦朧としている。
黒い何か・・。
何処かで見た事があるような気もする。
けど、体に感じる痛みと熱さ。
私は思考を保つ事が出来ない。
微かに何かの香りがした。
たぶん、知らない香りだと思う。
そして、私は再び深い深い闇の中に沈んでいった。
鼻を擽る何かの匂い。
朦朧とした意識の中で感じたのはそれだけ。
何故か安心する匂い。
知らない香り。
なのに何故こんなにも安心出来るのだろうか?
わからない、けどもうどうでもいいや。
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私は目覚めた時、自分が何処にいるのか。
皆目検討がつかなかった。
何処かの一室。
少し体に痛みは走る。
でも、動けない程ではない。
どうやら、ベッドに寝かされているみたいだ。
右手を顔の前に持ってきてみる。
手首から肘まで包帯が巻かれていた。
同じように、左手を見てみる。
半袖から包帯が見えた。
ここはどこなんだろう?
徐々に覚醒していく意識。
私は体験した事もないような痛さと熱さ。
苦しんで苛まされていたはず。
でも、今はそんなのは一つも感じない。
そもそも、何故私は、生きているのだろう?
あの崖から落下したはずだ。
落下していると気付いた。
あの時、私は生きる事を諦めた。
でもどうやら、諦めていた命。
どうにかして繋ぎとめたようだ。
「死ななかったんだ。あんなところから落ちたのに? 何でだろう?」
記憶が不鮮明で飛び飛び。
覚えてるのは痛みと熱さ。
それと、黒い。
黒い?
黒い何?
何か引っかかった気がする。
でも何故か思い出せない。
「目覚めたようじゃな」
声に視線を向けた私。
眼鏡をかけたお婆さんが立っていた。
「いろいろと聞きたい事あるやもしれぬが、まだ完治したわけじゃないからのぅ。特に左足は今しばらくかかるじゃろうな」
お婆さんの言葉。
左足を動かそうとする私。
痛みが駆け抜けた。
「動かすのもまだよした方がいいぞ。無理に動かせば、綺麗にくっ付くものもくっ付かなくなってまうぞえ」
「あの・・私はどれぐらい眠っていたんでしょうか?」
「そうじゃのう。ここに運ばれてきてから、五日というところじゃの。ちなみにここはミニャオンじゃ。お前さんマリーじゃろ? 手厚く看護してくれと頼まれておるからの。完全に直るまでここにおるのじゃな」
「え? あ、はい。あ、ありが、とうござい、ます」
あれ?
意識が遠のく。
何故?
「体が眠りを欲しておるのじゃろう? もう少し眠っておくといい」
お婆さんの声は聞えている。
だけど、私は眠りに落ちていった。