4.予期せぬ襲来
アリスメリアさんの説明が終わった。
それから、どれぐらい時間が経過したのだろう?
黒い大きい翅の蟲人さん。
しばらくすると崖の向こうに消えていった。
その後も、二人でじっと花を見ている。
しばらくして、足音に気付いた。
明らかにこっちに向かってきている。
数は複数で、かなり急いでいるみたい。
「お穣ちゃん、こんにちわ」
「騎士様、こんにちはです」
三名の騎士様の先頭の人が、挨拶してくれた。
後ろの二人は私ににっこりと微笑んでくれる。
でも騎士様達の表情はかなり硬い。
「アリスメリアさん、ここにいらっしゃいましたか。お休み中ですが、緊急事態です」
「緊急事態? 何があった?」
ちらりと私を見る騎士様。
「構わない。話せ」
「はい。侵入者です。人数は不明。騎士団員二名、傭兵団員三名がやられました。鎧もろとも斬り裂かれておりました」
アリスメリアさんは、一瞬顔を顰めたように見えた。
「副長は?」
「既に報告済みです。単独行動は厳禁。極力四名以上で行動するようにとの指示を頂きました」
「さすがだな。よし、私達は彼女、マリーをまずは安全な場所に。その後副長と合流する。マリーちゃんもそれでいいかな?」
「は・はい」
まさか、同意を求められるとは思わなかった。
なので、上擦った声になっちゃった。
そんな私を気にする事もない。
微笑んでくれるアリスメリアさん。
私はアリスメリアさんに手を引かれる。
他の三名の騎士様に囲まれる形で歩き始めた。
「それで侵入者の正体は?」
「残念ながら不明です」
「そうか」
本当は急ぎたいのだろうな。
私の歩く速度にあわせてくれてるみたい。
「ミツ・ケタ」
突如聞こえて来た声。
思わず視線を向けてしまう。
でも、誰もいない。
「ボ・タイ・モイ・ル」
「上か?」
アリスメリアさんの声で私も上を見た。
そこには三体の何か。
私達の前方、上空を飛んでいた。
「蟲人か? どれも見た事がない。稀少種か?」
私達の正面、少し離れたところに降りてきた。
手前の二体は体は緑色で、建物の扉ぐらいの大きさだ。
頭が逆三角形で、大きな目らしきものが付いていた。
手の先が鎌のようにも見える。
縦に細長い体を更に細い四本の足で支えていた。
後方の一体は、黒っぽい色で緑色の半分ぐらいの大きさ。
同じように細長い四本の足で体を支えている。
体はどちらかというと丸っこい。
頭は凄い独特で、顔の両側に細い棒が延びている。
その先に丸がくっ付いていた。
どっちも気持ち悪い感じがする。
けど、手前の二体の方がまだ愛嬌を感じた。
「前方の二体は、なんとなく戦闘方法に予想が付くが、後ろのは一体?」
騎士様の声が聞こえた。
「全員、相手は稀少種と思え。ここには今マリーちゃんがいるのだ。我等騎士が守らずに何とする」
手前の二体が歩いてくる。
「向こうは俄然やる気のようだな。後ろのは見ているだけのようだが。二人で一体にかかる。もう一体も参戦する可能性を忘れるな。マリーちゃん、すまないが、危ないので少し下がっていてくれ」
アリスメリアさんの指示。
各々反応を返した騎士様。
私は無意識に後退さっていた。
緑色の背中、左右に翅みたいなのが現れる。
次の瞬間突っ込んできたのが私にもわかった。
騎士様達の剣と、緑色の鎌がぶつかり合う。
私の耳に飛び込んでくる音。
金属と金属がぶつかり合うような音は硬質だ。
アリスメリアさんともう一人の騎士様は優勢に見える。
だけど、もう一組の騎士様二人は苦戦しているみたいだ。
でも、戦闘能力のない私には何も出来る事はない。
ただ見ているだけで守られるだけだ。
戦闘が始まっても、後ろにいる一番気色悪いの。
参加する様子はないみたい。
まるで私を見ているかのようだ。
視線を感じるけどきっと気のせいだよね。
ふと気付けば、騎士様二人は倒れていた。
たくさん血を流している。
アリスメリアさんが、手透きになった緑色に対処していた。
もう一体の緑色。
あちこちから体液らしきものを垂れ流してる。
最初に見た時よりも動きは緩慢に感じた。
そのお陰もあるのだろう。
騎士様一人でも、優勢に対処出来ているようだ。
アリスメリアさんの一閃。
緑色の右手の鎌を切り離した。
怯んだところに、更に一閃。
右の目らしきところに縦に裂ける。
奥にいる一番気持ち悪いの。
突如空に飛び上がった。
孤を描くように、空を翅ぶ。
アリスメリアさんとは反対側。
私に向かってくるのが理解出来た。
緑色も邪魔するように動く。
私は逃げる事を考える余裕もなかった。
それほど、気色悪い黒いのの速度は速かった。
「マリーちゃん、逃げて!?」
アリスメリアさんの言葉。
私は動く事は出来なかった。
それほどに気持ち悪い黒いのの速度は尋常じゃない。
捕まると思った瞬間、私は目を瞑ってしまった。
でも、いつまでたっても何かが触れるような衝撃はこない。
恐る恐る目を開けてみる。
倒れてピクピクしている二体の緑色。
「間一髪だったな」
「カストール、助かった。しかし何で?」
「ん? あぁ、御客様がここも見たいって駄々こねてな。しょうがないから、少数で護衛してきたのさ。そしたらなんか慌しい。聞いてみれば侵入者。お前等がいそうな場所に来て見たらビンゴってわけだ」
黒い気色悪いの。
何処へいったのだろうと探してみる。
すると、私の背後の方でプルプルしていた。
とても大きな剣が突き刺さっている。
「お穣ちゃんも無事で良かったな」
「は・はい。ありがとうございます」
気付けば、へたり込んでいた私。
腰が抜けてしまって立てない。
「立てるか?」
「あ・あの。ごめんなさい。腰が抜けてしまって」
正直恥ずかしい。
「あぁまぁ、いきなりこんなん体験してしまえばしょうがないさ。あ、俺はカストール・マルブート。こんな粗野な顔だけど、帝国第五騎士団で団長なんてやってる。顔はお互い何度か見てるはずだが、改めてよろしくな」
私はカストールさんに簡単に抱えられた。
しばらくして、数名の騎士様達も現れる。
「俺とアリスメリアはこの娘を安全なところへ連れて行く。お前達は負傷者の収容と、転がってる害虫達の処理を任せる」
カストールさんの指示。
騎士様達は倒れている仲間のところに向かっていった。
でもたぶん、倒れているあの人達は助からないんだろうな。
私の目から見てもわかる。
生きているかどうかすらあやしい。
こうして、私と蟲人。
はじめての遭遇は幕を閉じた。
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暗い世界で黒い世界。
それなのに、地平線が見える。
空も黒いし、大地も黒い。
私は一体何処にいるのだろうか?
何かが歩いてくる。
何だろう?
お兄ちゃんとお姉ちゃん?
それに妹。
お父さんとお母さんもいる。
なんで苦しそうな顔をしているの?
え?
いや、やめて?
そんなに強く手足を掴まないで。
「痛い、痛いよ」
「剥ぎ取るなぁ? 何故、剥ぎ取るんだぁ?」
え?
誰?
痛いよ、痛い。
ごめんなさい。
痛いよ、離してよ?
いや?
なんで、そんな死んだような顔なの?
あなたは誰か知らないし、あなたも知らないよ。
痛い、手足が痛い。
ひぃ?
何で虫の顔?
何で蟲の顔なの!?
「剥ぎ取った罰だ」
「あぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁ」
熱い熱い熱い熱い熱い。
手足が千切れてる。
痛い痛い痛い痛い痛い。
いやぁ?
やめてよ?
体を千切らないでよ?
「あぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁあぁぁ」
熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い。
「マリー? ちょっと? 大丈夫!?」
痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛いあつ・・。
「マリー!? マリーってば!?」
「はぁはぁはぁ、あ・・・ア・・イ・・ビ・・?」
「そうだよ。アイビだよ。凄い魘されてたけど、大丈夫? ってわ」
気付けば、私は抱きついて泣いていた。
「怖い夢をみたんだね。よしよし」
私は泣きじゃくっていた。
「大丈夫だから。もう大丈夫だからね」
アイビの優しくあやすような声。
聞きながら、ただただ涙していた。
どれぐらい泣いていたんだろ?
きっと、私の顔は酷い事になってるんだろうな。
「落ち着いた?」
アイビの慈しむような顔。
私の視界にはいってきた。
「う・うん、ごべんね。ぼんどう、ごべん」
「いいよ。私のがお姉さんなんだからさ」
本当ごめん。
アイビ、ごめんね。
怖い夢を見る事は、今までにも何度もあった。
あんまり内容覚えてない。
けど、こんなに怖い夢は今までで初めてだ。
「まだ手震えてるね? よっぽど怖かったんだね」
何故だろう?
アイビに抱き締められると安心する。
「今日はもう怖い夢見ないように、一緒に寝ようか」
私はアイビに促されるままだ。
手を繋いで再び横になった。
怖い夢をみたばかり。
なのに、不思議と安心して私は眠りに落ちていた。