3.大きな黒い翅
「凄いですね。これは確かに恥ずかしいです」
「マリーもそう思うだろ?」
「えー、セクシーでしょ?」
「いっぱい動いたりしたら、紐、解けたりしないんですかね?」
「その時はその時。がんばれ」
「ちょっとマイーラ、頑張れって何を?」
「ポーラさん、おっぱい大きいですよね。私なんて出てないに等しいのに」
「何言ってるの? マリーはまだ十・・十一歳だっけ? だから、これからだよ」
「うー、そうなのかなぁ?」
そう言われても、ポーラさんのを見た後だ。
とても納得出来ないよ。
「そーいえば、ポーラってば何とかって騎士さんに告白されてなかったっけ? 結構渋い感じの人だったけど」
突然のマイーラさんの発言。
私はとても驚いた。
けど、ポーラさんはもっと驚いているようだ。
「マイーラ、何で知ってるの?」
「ふふふふ。こんな場所だからね。楽しみなんて限られる。恋話何て楽しみの最上級でしょ」
マイーラさん、仕事中は寡黙なんだけどな。
お休みの時とのギャップ。
相変わらず激しいな。
でも、今日はいつも以上にテンション高そう。
「いや・・仕事でしか知らないしさ。突然だったからね」
「え? 振ったの?」
「う・・うん」
「そうなの。なんだ。お付き合い始めるなら、もっとセクシーなの拵えてプレゼントしようと思ったのに」
残念そうなマイーラさん。
「コシラエテ? え? マイーラ、これ自作なの?」
「ん? そうだよ。私ここ来る前は服作ってたからね」
「へー、そうなんですね。凄いー」
「まぁ、材料の入手が限られるから、たくさんは無理だけど。時間くれればマリーにも何か作ろうか?」
「え? いいんですか? あ、でもマイーラさん的なセクシーなのは勘弁して下さい。普通に普段着で着れるのがいいです」
「ちっ。残念。どんな男でも涎垂らして振り返るようなのにしたかったのに」
マイーラさん、あなたの思考。
正直私にはわかりません。
「マリーただいまー。あれ? ポーラさんにマイーラさんってポーラさんの服凄すぎるでしょ? 露出し過ぎ」
御飯から戻ったアイビの第一声がそれ。
彼女の言葉に、渋い顔をするマイーラさん。
「えー? 露出し過ぎかなぁ? これぐらいいいじゃんかー?」
「いやいや、マイーラさん、これ男共に襲って下さいって言ってるようなもんですって。狼とか野犬の群れを前にして、武器も持たないで寝転がってるようなものですよ」
「外の仕事の影響か? その例え非常にわかりにくいぞ」
苦笑いのマイーラさん。
私もたぶん苦笑いしてると思う。
「少し寒い。着替えよう」
そそくさと部屋を出て行くポーラさん。
マイーラさんが不満を漏らしている。
それでも追い掛けていった。
「えっと・・結局あの二人何しに来たの?」
「えっと・・たぶんたぶんだけど、あの破廉恥な服を見せに?」
私とアイビは顔を合わせる。
思わず、苦笑いになった。
-----------------------------------------
私は余り娯楽のない生活にいる。
表向き傭兵団所属だ。
けど、実際は捕虜なわけなので当然。
普通の捕虜から考えれば、たぶん好待遇。
なんだとは思うけど。
その為、今の私の楽しみは少ない。
花壇の花を見る事が一つ。
後はアイビが元々持ってる知識。
それに外に出た時に仕入れてきた情報だ。
「花人の神様だっけ? 何を思っていろんな花を創造したんだろうね?」
ふと疑問に思っただけ。
私の質問に、アイビは難しい顔して考えている。
たぶん、真剣に考えているんだろうな。
醜いもの、汚いもの、危ないもの。
世界が満たされていた時代。
突然現れた花人の神様。
荒みに荒んだ人々の心を浄化する。
その為、様々な植物を生み出した。
いろいろな花を咲かせていく。
そして、人々の心を救った。
アイビも、詳しい事まではわからないそうだ。
けど、一部の国に伝わっていた伝説。
彼女は傭兵に入る前に、知人から聞いた話しだそうだ。
「綺麗好きだったのかもね。醜くて汚くて危なっかしい人々を見続けるのが、嫌になったとか? んー、わかんないや。花人の神様にでも聞く事が出来れば、答えも出るのかもしれないけどさ。そもそもがただの伝説だし。実在してなかったら聞きようがないよね」
「あ、そうだよね。実在してるかもわかんないんだもんね」
「まぁいいんじゃない? 綺麗な花はあるんだし、あれで私達が癒されてるのも事実」
「うん、そうだね。私、アイビと出逢えて良かったと思ってる。そうじゃなかったら、きっともっと前に壊れてたんじゃないかな」
「それは私だって同じ。私の花壇に最初に協力してくれたのはマリー。マリーが協力してくれたから、皆にも拡がっていったんだと思ってる。ありがとね」
アイビはいろんな事を知っている。
何処でそんな知識を仕入れたのかはわからなかった。
でも、花の事は特に凄い詳しい。
だから、花に関わる仕事をしていたんだろうな。
私はずっとそう思っている。
ここに来るまで、どんな経験をしたのかはわからない。
でも私も含めて、きっといろいろと酷い経験をしていると思う。
だから、お互いに詮索はしないのが当たり前。
私もマイーラさんも、そうポーラさんに教わった。
それは当然の事だと思う。
だから、アイビの過去も気になる。
けど、私は自分から聞いた事はない。
これからもきっと聞く事もないんだろうな。
-----------------------------------------
私は今、本拠地の裏側にいる。
少し歩いたところにある崖だ。
下には河が流れていた。
対岸の崖には、見た事もない花咲いている。
それもいろんな種類の花だ。
アイビとここに来た事もある。
けど、咲き誇る花の名前。
彼女にも一つもわからなかった。
下の川はココリトココルと呼ばれてるらしい。
名前は、ポーラさんから聞いた。
ココリとココルという二人の女神様が由来だそうだ。
花人の神様の為に、自分達を犠牲にした。
命を紡ぐ水の流れる河になったらしい。
二人の女神様は、どんな思いで自らを犠牲にしたんだろうな?
「マリーちゃんだったかな? まさかここに人が来ているとは思わなかった」
突然の声に、後ろを振り向いた私。
一人の騎士様が立っていた。
何度か顔を見た事がある人だ。
「騎士様、こんにちはです。でもなんで私の名前を?」
「そんなに畏まらないでもいいのに」
苦笑いしてるけど、綺麗な人だ。
きっと金色の髪はサラサラなんだろうな。
「私はアリスメリア・トヌール。格好でわかると思うが、騎士団だな。マリーちゃんは年若いのに働き者だと噂になってるよ」
「え? そ・そんな事ありません」
働き者だなんて、生きるのに必死なだけ。
騎士様の銀と白の鎧はとても高価そうだな。
「向こうに咲いている花は綺麗だよね。花壇の花も好きだが、あそこの花達も棄て難い」
「花壇のも見てらっしゃるのですか?」
「あぁ、そうだな。私も手入れの方法とか時間ある時に教えてもらったりしてるからね」
「騎士様まで広まっていたんですね。アイビが喜びそうだ」
自分の事のように、何か嬉しいな。
「アイビには本当、植物についていろいろ教えてもらっているよ」
「アイビ凄いな。あ、アリスメリア様はここに良く来られるのですか?」
「そうだな。ここにいる時は、時間があれば来ているかもしれないね。そうゆうマリーちゃんはどうなのかな?」
「私もお休みの期間は一日に一回は来てます。一人だったりアイビも一緒だったりですね」
「そうか。アイビもここに来る事があるんだね。向こう側に渡れればもっと近くで見れるのだろうけど」
「確かにそうですね。でもこんな崖ですし」
「橋をかけるのも一苦労というのもある。だが、あの崖より向こうは蟲人の支配地域だからね」
インセクト何?
何かアリスメリアさん、何か難しい顔しているな。
「インセクト?」
「私達、純人とは異なる種族の蟲人。私達人間の世界に現れる事は稀なのだけども。帝国とココリトココル河より向こう側を根城にしている蟲人との間で、お互いの生存領域を侵さないという約束をしている。だから私達は、この河より向こう側へは行っちゃ駄目なんだ」
「そうなんですか? 知らなかった。もしここが崖じゃなくて、簡単に渡れるような場所だったら進んでしまっていたかもしれません」
「あははは。軍事的進攻はお互いしないって約束だから。その程度は許されると思うけどね。まぁ、橋を掛ける事は出来ないけど。それに、仮に向こう側に渡れたとしても、その先は残念ながら安全の保障は出来ないと思うよ」
「そ・・そうなんですか」
「彼等は私達を余り快くは思ってないみたいだからね。ほらあれ」
アリスメリアさんが指差した先。
崖の上、花の咲き乱れる中。
黒色の何かが見えた。
距離があるので、はっきりとはわからない。
けど、大きな黒い翅。
翅には白い部分がいくつもあり、一部は赤で綺麗だ。
その翅に比べて体は小さく見える。
何度も私達を見ている感じがした。
「たぶん食事に来たんだろうけど、私達を警戒しているのさ」
私はアリスメリアさんの説明を聞いている。
同時に、気付けばじっと黒い大きい翅を見ていた。




