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1.死ビトに触れる

 私は今日も、運ばれてきた死ビトに触れる。

 これが私の与えられた仕事だからだ。

 もちろん最初は嫌で嫌でどうしようもなかった。

 仕事のたびに吐いたり、精神的にショックを受けたりもした。


 でも、慣れしまったのだろう。

 最近は、何も感じる事がなくなってしまった。

 そう考えると、慣れというのは怖いものなのかもしれない。


 私がここに連れてこられてから、三年は経過した。

 いまだに死ビトが運ばれてくる。

 という事は、戦争が続いているという事なんだろうな。


 私の暗赤色の髪にも白い肌にも染み付いている。

 きっと死ビトの臭いはこびり付いている。

 もう一生、この匂いは取れる事はないだろう。


 三年と少し前、私が九歳の頃だった。

 締結されていた不可侵の条約。

 無視して戦争を仕掛けてきたペスト帝国。

 軍事力の差は圧倒的だった。

 周辺諸国は次々と消滅していった。

 私がいた国も同じ。


 父は目の前で殺された。

 母も今となっては消息もわからない。

 私は捕虜として帝国に捕らえられた。

 生まれて九年とちょっとの私。

 もちろん抗う術なんてあるはずも無い。


 保護という名目で捕われた私。

 簡易な馬車に押し込められた。

 他の人と一緒に乗せられて辿り着いた先。

 そこには、戦争で死んだ人達が、運び込まれていた。

 種族や勢力等関係無しだ。

 何でそんな手間の掛かる事をするのかは不明だ。

 理解なんて出来るはずもない。


 しばらくはずっと、何でこんな無駄な事をしているのだろう。

 そう思っていた。

 聞いた話なので、何処までが真実なのかは私にはわからない。

 でも、無駄な事ではないのかもしれなかった。


 剥ぎ取り終わった死ビト。

 何かいろいろな処置をされる。

 その後に帝国に送られてるらしい。

 実験に使うとか、死霊にするとか色々噂を聞いた事もある。

 けど、本当の事は私達にはわからない。


 運ばれてきた死ビト。

 私の仕事は、装備品を剥ぎ取る事。

 片方の腕がなかったり、お腹がバッサリと裂けていたりもする。


 いろいろな状態の死ビトが、毎日運ばれてきた。

 今でこそ、欠損や酷い臭いにも馴れた。

 けど、最初の頃は本当、何度も気が狂いそうになっていた。


 それでも死にたくなかった。

 だから、心を殺して死ビトに触れる。

 何度も何度も何度も何度も何度も毎日毎日毎日、触れ続けてきた。

 この三年で一体どれだけの死ビトに触れたのだろう?


 誰でも死ビトの持ち物を剥ぐなんて事は嫌だ。

 でも抵抗するなんて、私には無理だった。

 抵抗した人もいた。

 けど、次の日からはあの人の、笑う顔も怒る顔も見る事はなくなった。


 だって、次の日死ビトになっていた。

 私達の前に晒されたのだから。

 それで、早々に私の心は圧し折れた。


 私も含めて、その場にいたほとんどの人達。

 生きる為に死ビトから剥ぎ取る仕事をするしかない。

 そう思ったはず。


 仕事さえしっかりとこなしていればいい。

 生きるのに最低限の衣食住は保障されている。

 毎日とまではいかない。

 けど、二日に一回は、体を洗う事も許されていた。


 今日も私は死ビトから装備品を剥ぎ取る。

 仕事は四人一組で行う。

 大人二人に、子供二人を基本の組み合わせにしていた。

 女性だけの時もあった。

 男性が混じる事ももちろんある。


 それに最近は、他の仕事もあった。

 死ビトに触れるだけではない。

 剥ぎ取った装備品の洗浄。

 私達も含めた衣服の洗濯。

 食事の用意の補助だったりもある。


 戦場というのは移動する。

 なので、私達もどうしても移動する必要が出てくる。

 移動中でも、そうじゃなくても襲撃される事はあった。


 でも、帝国の兵士が常に護衛として私達といる。

 なので、大きな被害を出した。

 というのは、私は見た事がない。


 今日の剥ぎ取り作業。

 見た事のある顔の死ビトが何体かいた。

 だいたい、どの死ビトも酷い形相だ。

 けど、今日のは一際酷い顔。

 正直、とても怖い顔だ。


 きっと、始めたばかりの人には無理。

 あの頃だったら、恐慌していた。

 まともに剥ぎ取りなんて出来なかったんだろうな。


 今日はポーラさんとマイーラさん。

 後見た事のない顔の女性が一人。

 彼女は、たぶん恐怖で震えてる。

 顔も青褪めて、今にも跪きそうだ。


「今日のは、いつにもまして酷い形相だねぇ。マイーラは鎧からお願い。マリーは右手からね」


 死ビトに触れる時。

 ポーラさん、マイーラさんの二人。

 ここ一年ぐらいは、一緒になる事が多い。


「新人、ルテアなんとかだっけ? まぁいいや。初日だし見てな。もし吐きそうなら、ここで出すんじゃないよ。掃除が大変だ。どうしても我慢出来ないなら、あそこで吐きな」


 ポーラさんは、赤髪のポニーテール。

 率先して指示を出してくれる。

 効率よく共同で作業するには大切な人材だと思う。

 三年前、ここに来た時から私は可愛がって貰ってる。

 もしポーラさんがいなかったら、私はとっくにおかしくなっていた。


「まぁ、ゲェゲェ吐かないだけ、ましだね。ここに連れて来られる奴は、男でも最初の一週間位は、まともに役に立つ事は稀だからねぇ」


 マイーラさんは、黒髪ショートで褐色肌。

 仕事中は口数はとても少ない。

 ここに来たのは、一年前らしい。

 けど、最初から動じる事もなく、そつなく仕事が出来た。


「マリー、ちょっと持ち上げる。離れて」


 ポーラさんもマイーラさんも、細い割にはとてもパワフル。

 下手な男よりも力持ちだ。

 技能がどうととか才能がどうとか説明された。

 けど、良くわからなかった。


「そう言えば、マイーラ、マリー、ちょっと小耳に挟んだんだけどさ、また(アレ)が来るらしいよ」


「あれですか?」


「そうそう。あれ」


 あれって何だろ?


「ポーラ、こっちは外した。で、あれって言われてもわからない」


「お客だよ。お客。また一騒動起こりそうな気もするんだよね」


 私達がお客と呼んでいる存在。

 不定期に帝国から派遣されてくる人達。

 彼等は生粋の帝国の人達と、そうじゃない人達。

 その組み合わせが多い。

 私も何度か騒動の渦中に放り込まれた事がある。

 なので、間違いないと思う。


「あ、そうか。思い出した」


 何で思い出せたのかわかんない。

 けど、やっぱり見た事ある人だった。


「おっと? マリーちゃん、どうしたの?」


「あ、いえ。この人、小さい頃に何度か見た事ある騎士団の人だったなって」


「あぁ、そうなんだ。この鎧も高価そうだし、生粋の騎士だったのかもね」


「マリー、知り合いなら今日は無理しなくてもいいよ」


「うんうん、マリーは真面目に仕事して来てるの上も認めてるからね。今日一日位さぼったってお目溢ししてくれると思うよ」


 前だったら喜んでさぼらせてもらったんだろうな。


「あ、お心遣いありがとうございます。でも、大丈夫。まともに話しをした事もないですし。本当、見た事あるなぁ程度ですから。名前もたぶん教えてもらったんでしょうけど、思い出せませんし」


「そうか。ならいいんだけどね。きつい様なら言ってね」


 気付けば、新人さんはいない。

 たぶん、ポーラさんが教えた場所。

 あそこで吐いてるんだろうな。


 視線を向けてみた。

 案の定、彼女らしい後姿の人がいる。

 その近くには、同じように嘔吐してるらしい後姿が何人もいた。


 酷い形相で、四肢が欠損してたり、内臓が零れてたりする。

 そんなのを見れば、ああなるのが当然なんだろうな。

 私も最初はあんなんだった。

 その度に、一緒に組んだ人に負担をかけた。


 ポーラさんみたいに、優しい言葉を掛けてくれる人もいる。

 でも、罵倒してくる人、無関心な人、反応は様々。

 私はポーラさんを見習って、新人さんには優しく接してきたつもり。


 こんな絶望しか無い場所。

 だからこそ、自分が狂う事がないようにって意味もこめている。

 優しい人でいたいな。


「新人が当分役立たずなのは、毎度の事だからね。早ければ一週間、遅くても一ヶ月後には仕事が出来るようになるでしょ。せめてお客が来る前に、嘔吐しないようになるといいんだけどね」


 ポーラさんの言葉。

 私は苦笑いしか出来ない。

 マイーラさんも、手を動かしながら苦笑しているようだった。

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