第68話 消えたお姉さまと新たな住人
それは本当に突然のこと。
いつものようにお姉さまの部屋を訪れたぼくが目にしたのは誰もいない部屋だった。
その部屋の家具や内装は何一つとしていつもと同じなのに、いつもそこで朝の準備をしているはずのお姉さまの姿だけがどこにもなかった。
最初はトイレとかお風呂に行っているのかなと考えていたけれど、お姉さまはいつまでたってもこの部屋には戻ってこなかった。
いつものようにお姉さまの部屋に座って待つぼくの背中に嫌な汗が流れ始める。
「お姉さま・・・。瑞葉お姉さま・・・。どこですか・・・。」
ぼくは屋敷の中を探し回りながら、いたるところで声を掛けていった。
本当はダメなことだとは分かってはいても、トイレやお風呂の中までも探した。
でも・・・。
「お、お姉さま・・・。ど、どこに・・・。」
どこを探しても、お姉さまの姿はない。
悲しさが限界に達したのか、目から涙がこぼれ始めてしまう。
「お姉さま・・・。お姉さま・・・。お姉さま・・・。」
まるで亡霊のように屋敷内を彷徨う千草。
千草にとってはそれほどまでに瑞葉はわずかな期間ではあったものの大切な存在であった。
母親のようで、それでいて、お姉さんのようなその家族のような愛情を始めて感じたことも大きかっただろう。
「うっうっ。。。お姉さまお姉さま、いなくなんてならないで・・・。」
ぽたぽたと千草の瞳からは涙が零れ落ちていく。
しかし、涙をいくら流しても、瑞葉が駆け寄ってくることも、声を掛けてくることもなく・・・。
千草の悲しみが晴れることはなかった。
同時刻。
「あ、あ、あの、さ、さっきは、た、助けてくれてありがとうございました・・・」
「ああ。君が嫌な思いをする前に助けることが出来て良かったよ。」
「ほ、ほんとうに・・・。あ。あ。ありがとう、ございました・・・。」
車の中でひたすらに頭を下げている少女の姿があった。
少女は心なしか不安そうな顔立ちで手足が小刻みに痙攣している。
少女はさっき自分の窮地を救ってくれた、この男性に感謝をしていた。
見て見ぬ振りが横行しているこの世の中で自身に手を伸ばしてくれたこの男の存在は彼女の生い立ちからすれば貴重だともいえる。
だから・・・。
(お礼にエッチでもしてあげなきゃ・・・。)
そんなことを思わず考えてしまうほどだった。
車はどんどんとその窓に映る景色を変えるように走っていった。
元々、この土地に慣れてはいない彼女はそんな窓に映る景色をただその視界に映すのみで、何の感傷にも浸ることはなかった。
ただただ景色が流れていくだけ。
その最中に思うことはたった一つ。
(この人は何日間、私のことを泊めてくれるのだろう・・・。)
「さぁ、着いたよ」
男性は車の扉を開けてくれた。
目的地に着いたのだろう。
私はそんな男性の言葉を聞いてから、外に出る。
「わ~。大きいですね・・・。」
目の前に映ったそれは、明らかに自分の今までの記憶や経験を総動員しても、大きすぎる屋敷だった。
心なしか、うきうきしてしまう自分がいる。
「さ、おいで」
そして男性はそんな屋敷の住人なのだろうか。
優し気な笑みを浮かべながら手招きをしてくる。
「は、はい」
男性のその優しい笑みと言葉に釣られるようについていく私。
今まで出会った男性は自分の家に着いた途端、良い人ぶっていた笑みを無くしていたものなのだが、この人はどこかそういうのとは違う気がする。
男性に付き従うように歩いていくと、何人かの男性や女性が会釈をしてくる。
その中には自分と年の近い人もいて、安心した。
(この人はもしかしたら、このお家のお坊ちゃんなのかもしれない・・・。)
思わず、そんなことを思ってしまう。
そうだとしたら、ここに来るまでのいくつかのことが頷けるからだ。
綺麗に仕立てられている服も、あの助けてくれた時のお金も。
ここに来るまでのタクシーも。そして何より男性の丁寧で柔和な態度も。」
屋敷の中は外から見るよりも大きくて、今まで泊まってきた家との違いを思い知らされる。
奥行きが見えない程に長い廊下。天井にはそこまでの華やかさはないものの、雑誌なんかでしか見かけないシャンデリアがあり、その天井もはるかに高い。
廊下を男性の後ろにぴったりくっついて歩いている内に目に映る扉の数も多い。
それぞれが部屋に繋がっているようだ。
「ん。ここがリビングだよ。」
男性はある部屋。とは言っても、そこだけ他の部屋の扉よりも明らかに大きくて、なんだか特別な部屋感が醸し出されていた。
「へ、あ、ああ・・・。」
男性曰くそこはリビングルームのようだったが、そこもまた自身が今まで生きてきた中では未体験の空間だった
明らかにそこの面積は広くて、自分がかつて住んでいた家と比べると、目を疑うほどで、おそらくあの家の2倍、いや3倍ほどの大きさは優にあるだろう。
そして、そこには、何人もの人が来客してきたとしても事足りるほどにイスとテーブルが配置されていた。
もはや驚きしかないこの空間。
男性はさも当たり前のように、自然にその部屋の中へ歩を進めていく。
(これがこの人の家なんだから当然のことなのかな)
私は少し躊躇いはしたが、男性の好意に甘えるように部屋の中へと足を踏み入れた。
「これを飲むといいよ。」」
リビングと言われた部屋に入って少しした後、水を差しだしてくる男性。
ゴクゴク
冷蔵庫から出したボトルから注いだためだろう。
その水は冷たくて、喉に潤いを一気に持たせていく。
(美味しい・・・。)
それは水。
もしかしたら、どこかの山で取れた天然水なのかもしれないが、それでも水。
何の味付けも施されていない液体。
それなのに・・・。
「うっうっ・・・。」
その水を飲みこんだのと共に、頬を零れ落ちていく涙があった。
どうしてこんな風になったのかは自分でも分からない。
今までのどの家に行ってもこんなことにはならなかったというのに、どうしてか涙がどんどんと瞳の奥からあふれ出していった。
多分、さっきの恐怖が今になって襲ってきたのかもしれないし、この目の前にいる男性の優しさに当てられてしまったのかもしれない。
(おかしいな・・・。なんで・・・・・。こんなにも・・・。)
「もう、大丈夫なのか・・・・・?」
男性は私が泣き止むまでただ静かに待っていてくれていた。
何も言わず、何もせずに、ただ見守るような眼差しだった。
「はい・・・。なんか、ごめんなさい。」
「ああ、別に大丈夫だよ。泣く事って案外大事なことだから。」
「ほ、ほんとうに、ありがとうございます」
男性に感謝を告げる。
ほとんどの男性はこうやって涙を流したとしても、いい反応は見込めないだろう。
おそらく泣いている私のことを自分の性欲の赴くままに抱こうとしてくるだろう。若しくは面倒くさい女だと思われて、家を出されてしまうか。どちらにしてもわるいけっかしかみえない。
そんな中でこの男性はただただ泣き止むまで待ってくれていた。
その優しさに純粋に救われた。
「何か食べるか・・・?」
私の涙が止まり、落ち着いたと感じたのだろう。
男性は先程よりも優しい口調で声を掛けてくる。
(あ・・・。エッチの事じゃないんだ・・・。)
不意にそんなことが頭を過ってしまう。
いくら優しくて良い人であったとしても、それが男であるのならば尚更、自分にメリットがないことはしないものだと今までの経験からそう思っていた。
実際、少し話をしたらすぐにエッチの交渉をしてくる男性ばかりだった。
だから今回も、そんなことを言うような人ではないと感じてはいたものの、思ってしまった。それは不意に無意識のことでどうしようもなかった。
正直、嫌だとは思わなかった。
この人は今までの男性に比べると身なりもいいし、お金も持っている、そして何より優しい。
多分、している最中に嫌な感情を抱くこともないだろう。
さっきの男性とは大違いで・・・。
思い出しただけでもブルリト体が震える。
あのまま誰も助けに来てくれなければ。私はどうなっていたかなんて考えるまでもない。
(多分。潰されていただろうな・・・。)
その人は私が男性に対して明確な恐怖を初めて植え付けられた人だった。
第69話以降のお話は内容が内容だけに、R18指定になるかと思われるので、
番外編という形でR18設定の方で投稿することになります・・・。
*番外編は読まなくても大丈夫的な感じで作成します




