第65話 海百合千草⑪
「フンフフ~ン♪」
瑞葉はよほど嬉しかったのか、鼻歌を口遊んでしまう。
台所に誰かと一緒に立つことになるなんて夢にも思っていなかった。
「お姉さま、エプロン着れました~」
エプロンに手を通した千草が瑞葉の隣に立つ。
どことなくワクワクしているような雰囲気が伝わってくる。
「千草ちゃんは何か食べたいものとかある??」
こんな幸せな時間を実現してくれた千草ちゃんが食べたいと思うものを一緒に作ろう。
そんな風に思わず考えてしまう。
しかし・・・。
「あ、いや、え~と、食べたいものは特にないので、お姉さまの得意料理がいいです///」
千草ちゃんはほんの少しだけ考える素振りを取っていたが、
結局何も思いつかなかったのか、照れ笑いを浮かべながら、得意料理を食べたがった。
複雑な気分に陥る。
自分も同じような境遇だと思うから、なんとなくその表情の意味が分かった。
”食べたいものがない”ではない”食べたいと思い浮かぶものが何もない”のだと。
「それじゃあ、簡単にカレーでも作ろうか」
それならば。と私は自分が最もよく作ってきた料理でもあるカレーを一緒に作って
何も思い浮かばなかった千草ちゃんに今後、何度だって食べたいと思えるようにしたいと決心を固める。
「はい♪お姉さま♪♪」
千草ちゃんは瞳を輝かせながら微笑んでいた。
お姉さまに渡されたエプロンに手を通しながら、ちらりとお姉さまの顔を見る。
すごく嬉しそうに。それでいて楽しげに笑っている。
(本当にかわいい人)
千草の記憶に残っている台所風景にいい思い出なんてなかった。
コンビニやスーパーで買ってきた冷えたままのおにぎりとお惣菜を毎日毎日、
動物にエサを与えるかのように用意されるばかり。
よそうためのお皿やコップもあるはずなのに千草には買ってきたままの状態で渡された。
時にはそれすら出ないこともあった。
それなのに、母親たちはよく千草のことを置いてお腹いっぱいに食べることや、
これ見よがしにカップラーメンを目の前で啜る姿を見せる。
千草の知っている台所には笑顔も、温もりなんてものは一切なかった。
だけど、今ぼくの目の前にある風景は今までと根本的に違っていた
お姉さまの優しい笑顔には温もりが伴っている。
エプロンに袖を通し終え、お姉さまの横に立った。
「千草ちゃんは何か食べたいものとかある??」
それは何気ない平凡な問いかけだと思う。
食べたいもの・・・。
必死に頭を捻って考える。
けれども、咄嗟の事だったこともあるからなのか何も思い浮かばない。
思い出されるのはあの憂鬱だった美味しくない食事ばかりで、
もうあれは食べたくなかった。
お姉さまが少し心配気な顔になってしまう。
どうしよう・・・。
ぼくには食べたいものが何もない。それならせめて・・・。
「あ、いや、え~と、食べたいものは特にないので、お姉さまの得意料理がいいです///」
ぼくはこの優しくてぬくもりのあるお姉さまの得意料理が食べたいと思った。