第64話 海百合千草
お姉さまの手の感触が伝わってくる。
心臓が鼓動する音も聞こえるほどに近い距離の中、
千草の心には温かい感情が流れ込んできた
そして心に安心感が広がったからだろう。
グー。
大きなお腹の鳴る音が聞こえた。
というかお腹を鳴らしてしまった。
千草の顔に恥ずかしさが浮かぶ。
いつもならお腹を鳴らしただけで殴られていたが、もうそんなことはされない。
そう分かっただけでも嬉しくなる。
瑞葉はそんな千草の頭をおもむろに撫でつける。
そうなってしまうほどに、千草の顔を心底かわいいと思ってしまった。
「ふふふ、千草ちゃん、お腹が空いちゃったんだね~。ご飯にしよっか♪♪」
瑞葉は千草の腹の音へ応えようと立ち上がる。
その瞬間。
グ~。
部屋の中にこだまする大きな腹の音。
しかし、その音の主は千草などではなく、
さっきの自分よりも大きなその音に驚いている。
瑞葉はそんな千草の顔を見ると余計に恥ずかしさが込み上げた。
真っ赤なリンゴのように頬が赤くなる。
「わ、わわぁ。すごく恥ずかしい・・・///」
顔を赤らめるお姉さまのことを本当にかわいいと思った。
さっきまでとは別人のように照れている。
それと共にどうしてか、自分もこんな人になりたいと思ってしまう。
「あ、あの・・・お姉さま!!ぼくもご飯を作るの手伝いたいです!!」
誰かと一緒に料理をしたい。
そんなこと今まで一度も思ったことなかった。
そもそも家で出てくる料理は手料理なんてものは一切なくて、
いつも安いおにぎりと美味しくない惣菜ばかりで、
料理をしたいと思った事すらなかった。
瑞葉はそんな千草のお願いが嬉しかった。
元々自分が育った家では、料理をさせられていたこともあって、
難しい料理を作ることはできないものの、そこそこの腕前はある。
けれども、嫌いな人に強制される料理ほど楽しくない時間はなく、
いつしか料理をすることが苦痛になっていた。
ただ、この屋敷に来てからは、この屋敷の主人である優季に料理を振舞うと、
嬉しく微笑んでくれる彼の姿を見て、その嫌悪感は徐々になくなっていた。
ただ自分の料理を振舞うのは優季様くらいなもので、
他の同居人たちはそれぞれ自分たちで料理をしたり、買ってきたりしている。
そのためか、誰かと一緒に料理をするという事もなかった。
誰かと一緒に料理をしてみたいと思っていた。
そんなことを思っていた瑞葉にとって、この千草のかわいいお願いが
嬉しくないわけなどなかった。




