第63話 海百合千草⑨
(それにしても・・・。)
ぼくは鏡の中にいる少女。もとい自分の姿をまじまじと見てしまう。
未だにこの少女が自分であるという確証を持つことが出来ない。
それほどに可愛かった。
「ふふ、喜んでくれたなら何よりだよ。」
お姉さまは嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔は本当に綺麗で優しかった。
「顔とか痛くない??傷とか痣とかファンデ―ションで隠したんだけど・・・。」
「あ、はい!全然大丈夫ですよ♪」
「そっか。それなら良かったわ」
ぼくは素直にお姉さまのことをすごいと思った。
あのあんまり人に見られたくない痣や傷をこうも完璧に消してしまったことに。
(どうやったら、こんな魔法みたいなことが出来るのだろう。)
家にいるときに感じていた化粧のイメージはどす黒いものだったのに
今自分に施された化粧は魔法のように綺麗なイメージだった。
「それでこれからどうしよっか??」
お姉さまは快活な笑みを浮かべている。
(どうするも何も・・・・。)
ぼくはお姉さまの言葉に頭を捻った。
ぼくは今まで生まれてきてから、
こういう言葉を投げかけられたことが一度もなかった。
いつも母親や誰とも知れない男たちの言いなりになっていた。
そもそも自分が何か要望を出したところで、それが叶えられることはなかった。
だから・・・。
ぼくはあの人たちの前で何かをお願いすることを止めた。
従順なふりをした。
時々、無性に逃げ出したくなる時もあって、何度か目を盗んでは逃げた。
だけどいつも捕まえられてしまい、こっぴどい仕置きを受けた。
だから、今みたいな時間が訪れることなど夢にも思っていなかった。
(でもいつか、この時間も終わってしまうんじゃないか・・・。)
(また千草ちゃん止まっちゃった・・・。)
瑞葉は千草のことが心配だった。
自分と似た境遇だからなのか、瑞葉には千草がされてきたことが大体見えていた。
化粧をしている際に見えたあの痣や傷の数々は一回殴られたり、
蹴られたり、切られたただけでは到底付かないようなものばかり。
自分もそうだったように、瑞葉はそんな痛々しい傷を隠したかった。
もっと言えば消したかった。
けれども、そんなことはなかなかできるわけもなく、
応急処置的に化粧で隠す手段を覚えた。
(私もこの屋敷に来た当初はこんな風になってたのかな。
いつかあの暗くて未来に何の希望もない部屋に
連れ戻されるんじゃないかって不安に駆られていた)
ギュッ
瑞葉は思い切り千草のことを抱きしめる。
「も、もう大丈夫だから。」
突然のことに千草は驚いた。
だけど。その体と言葉からは安心感をただただ感じた。




