第62話 海百合千草⑧
(こんなのまるで・・・。)
「わぁ、本当に可愛すぎるよ!!千草ちゃん」
瑞葉お姉さまは目の前の少女の背後から現れたかと思うと、
その子の肩に手を置いた。
そのはずだったのに。
なぜかその肩に置かれた手の感触を感じたのは自分だった。
(え、なんで、え、どういうこと、なんでお姉さまの手がここに!?)
千草の脳内はあまりの異常事態に混乱していた。
しかし、ほどなくしてその脳内にある仮説が生まれた。
―目の前の少女が自分であるー と。
だけど、そんなことはあり得るはずもない。
自分は男であるという認識を確かに持っていた。
それにさっきまで鏡に映っていた自分の顔はいつも通りの顔だった。
顔に痣が数か所あり、口元には切り傷があるそんな顔。
だけど、目の前にいる少女は傷ひとつない真っ白な肌に、
綺麗でかつ大きな目。唇には目立たない程度の赤みがかかり、
頬は少しだけピンク色に染まっていた。
何度見てもその顔は可愛かった。
そして、その顔が自分のもののはずはないと再確認する。
じゃあ、さっきのお姉さまの感触は何だったのか・・・。
「お~い。千草ちゃん。大丈夫??あ、もしかしてお化粧嫌だった??」
瑞葉は放心状態になってしまった千草の目の前で手を振ってみた。
服のせいでテンションが爆上がりしていたとはいえ、
半ば強引に化粧をしてしまったのは
男の子だったということに今更ながら後悔していた。
(そ、そうよね・・・。普通は嫌だよね。男の子なのに化粧されるなんて・・・。
どうしよう~。つい浮かれちゃったけど、やりすぎちゃった・・・。)
思わず、後悔の念を抱いてしまう。
(あ、あれ?お姉さまの手がこんな近くに・・・。え?)
お姉さまが心配そうな表情を浮かべながら、ぼくのことを覗き込んでいる。
その手が自分の視界を縦方向に動いていく。
(どうして?どうしてこんな悲しそうな顔をしているの??やっぱり・・・。)
恐る恐る鏡に目を移す
目の前にある鏡にいたのは、
瑞葉さんが背中を向けて少女の顔の前で手を振っている姿。
それを見てきょとんとしながらも悲しげな表情になっていく少女だった。
(や、やっぱりあの子は・・・。)
ぼくは精一杯作り笑いを浮かべた。
それに合わせて目の前の少女も口角がぎこちなく上がり、笑おうとしている。
(ぼく・・・。)
「あ、え~と、大丈夫ですよ。お姉さま♪すっごく可愛いです!!」
ぼくは段々、悲しみの色を強めていくお姉さまに抱きついた。
こんなこと母親にしたことなんて一度もなかった。
だけど、体が勝手に動いていた。
そしてお姉さまはそんなぼくのことを優しく受け止めてくれて、
さっきまでの顔が嘘のような優しい笑みを浮かべてくれた。
「そっか、それならよかったぁ」




