第59話 海百合千草⑥
瑞葉は自分も同じ境遇であったため、
その傷跡や痣が何を意味するのか分かっていた。
その痛ましい跡に痛みが走ってしまわぬように
彼女は千草の背中を優しい手つきで洗っていく。
(お姉さま、ぼくの体を気遣って・・・。なんて優しい方なのだろう。)
そんな彼女の優しさは千草にもきっちりと伝わっていたのだろう。
次第に彼の心の中にほんの少しだけ生まれたいやらしい感情や
それをやましいと思う感情は消え去り、
その代わりに穏やかで優しい感情が生まれた。
「よ~し、後ろはもうこのくらいで大丈夫かなぁ。
それじゃあ次は前をしちゃおっか♪」
ただだからと言って、この瑞葉の発言に対してだけは
一応男である千草にも譲れないものがあるというもの。
千草は一向に後ろを向こうとしない。
(お姉さま、ごめんなさい。
ま、前だけはいくら優しいお姉さまでも駄目です///)
あまつさえ、前を隠そうとする千草。
そんな千草の様子に瑞葉も観念した。
(やっぱり男の子なんだよね。嫌だよね・・・。)
瑞葉は少しだけ眉尻を下げると、持っていたタオルを千草に手渡し、
自分は千草の2つ隣の椅子の上に座り、体を洗い始めた。
「千草ちゃん、後は自分でしてね♪やっぱり私も恥ずかしくなっちゃった。」
照れるような笑みを浮かべる瑞葉。
そんな瑞葉に千草は今まで感じたことのなかった温かいものを感じる。
千草と瑞葉の間の距離はこの時間を通して、一気に近づくことになった。
千草は前の方を洗いながらもチラチラと彼女の姿を目に移していたし、
瑞葉もまたそんな千草の視線に気付いて、微笑みを浮かべていた。
そして二人は仲良く、湯舟の中へ入っていく。
その姿はさながら姉弟のようだった。
お風呂から出た千草を待っていたのは、たくさんの服だった。
千草の着ていた服はボロ雑巾のように穴だらけで汚れも目立っていた。
このままでは可哀想だとそう思った瑞葉は
千草を自分の部屋へとそのまま連れて行った。
けれども、瑞葉は男物の服など持ち合わせてはいなかった。
屋敷の中にはもちろん男性もいたので、
その人たちに借りればよかったことではあったのだが、
あいにくこの日、この時は男性の使用人や住人は屋敷の外にいた
瑞葉は部屋で彼に合う服を探しながら頭を抱えてしまう。
(どうしよう。男の子に合うお洋服がない・・・。)
瑞葉はどちらかと言えば少女趣味であった。
それはかつて抑圧され続けた反動からなのか、
元々なのかは分からないが
自分のクローゼットの中にはフリフリのワンピースや
ピンク色のブラウスなど女の子らしい服が所狭しと並べられ、
下もスカートしか置いていない。
こういう時にボーイッシュな服を好む子や
ジーパンを着る子であればどれほど楽だっただろう。
瑞葉はほんの少しだけ自分の偏った服の趣味を後悔してしまう。
そうしてクローゼットと格闘している瑞葉を見兼ねてなのか、
千草はくいくいと彼女の裾を引っ張ると、
何かの覚悟を決めたような表情をする。
「あ、あの・・・。ぼ、ぼく、お姉さまの選んでくれた服なら
何でも着ます。いや着たいです!!」
(え、千草ちゃん。そ、それって、
私のこのかわいい服たちを着てくれるって・・・。
そういうこと??それなら、気合を入れて可愛くしてあげなきゃ♪)
瑞葉の悩みはその言葉を聞いた瞬間に消え去った。
そして変な方向へ向けて走り出してしまう。
瑞葉の千草を見つめる瞳はきらきらと輝きを放ち、
そんな瑞葉の想いなど露知らない千草は無邪気な笑顔を浮かべていた。