第5話 ニート、女子高生になって寝てしまう
席についてから数分が経った。
先ほどから俺は途方もない眠気に襲われていた。
というかこんな眠たくなるものだったかと思うほどに授業が面白くない。
まあ、それもそのはずで俺が高校時代に通っていた学校も、
大学だってそんなにも偏差値の高い学校ではなく、
授業中に寝ている生徒がいることは毎回のことで、
おしゃべりに花を咲かせる生徒、
それはしなくて表面上静かではあっても机の下で携帯をいじっていたものなど、
どこからどう見ても真面目な生徒はいなかった。
唯一、生徒たちが眠らずに先生の話を聞いていたのは体育と芸術分野の授業だけで、
英語や数学、歴史といった高校生で絶対に学んでいるであろう
勉強は中途半端にしか聞いていなかった。
かくいう俺もそういう学園生活を送っていたが故に、
就活の際に受ける学力試験でほぼ全滅し、
学力試験をしない面接重視の企業を受けた際には、
志望動機が本に書かれていたテンプレな内容で、
他のことを聞かれたときにはあまり自分が熱意を傾けていなかった
ということもあってか、全く答えることができなかった。
だから数分前までニートをしていたわけなのだが・・・
そんな怠惰だった日々が今のこの眠気を生み出している状況を作っていた。
先生は多分、英語の授業をしているのだろう。
黒板には日本語ではない文字が先生の手によって羅列され、
それを必死に他の生徒は写しながら先生の話に耳を傾け、
時には質問をする生徒もいる。
これが普通の学校の授業風景であることに変わりはないだろう。
まあ、お嬢様学校であるためなのか先生は入ってきたときの挨拶を除き、
全ての言葉を日本語ではない言葉が紡ぎ、
生徒は質問をするときには日本語で質問を言ってから、
それを日本語ではない言語に変換している。
おそらく、こうすることによって先生は生徒が聞きたい内容について
きっちり理解でき、生徒自身は自分の質問を違う言語に直す
トレーニングをすることができるのだ。
まさに一石二鳥の授業なのだろう。
しかし、これまでの人生経験の中でろくに英語に触れてこなかった俺にとっては、
さながらお葬式の時にお坊さんが念仏を唱えているときと等しく、
彼女たちの言っている言語が理解できなかった。
そして念仏を聞いた経験がある人ならわかると思うが、
自分の理解できない言葉が飛び交い、
それを聞いていると脳が疲れていくためなのだろうが、
どうしようもなく眠くなるのだ。
さっきから何回か意識を失っている。そう思う
そんなこんなで脳が完全に疲れを訴え始め、
とうとう俺は眠りに落ちてしまった。
俺が目を開けると、
そこには心配そうにこちらを見つめる先生と数人の女子の姿があった。
「あ!速見さん。やっと起きてくれましたのね!!何か体調でも悪いのですか?
あなたが授業中に眠る姿なんて初めて見たので心配していたんですよ。」
「そうだよ。るみぃ。本当に大丈夫なの??
なんかさっき授業が始まる前まで保健室で寝ていたんだよね??
も、もしかして病気とかじゃないよね?
も、もしそうなら、わ、わたし、うっうっ」
俺が目を覚ましたのを確認した先生は
心底心配していたことが伺えるような発言をし、
教室に入ったときに真っ先に駆け寄ってきて過保護な心配をし、
泣き出した上山さんはまたしても大げさな考えをしたのか、
涙を浮かべながら心配の言葉をかけてくれた。
二人だけではない。周りにいる女子は口々に俺を心配していることが
伺える発言をして、思案気な瞳で見ていた。
こんなことは生きてきた中で初めてのことで不謹慎なことだが嬉しくもあった。
しかし、それと同時に俺が入れ替わってしまったこの速見さんという女の子は
まじめな優等生で先生からも生徒からも信頼されていて、
こんなにも大げさに心配されるほどに大切な存在であることを実感した。
それはまるで俺とは正反対の人間だった。
俺は今までこんなにも信頼されたことも、大切にされたこともなかった。
そのことを痛感してしまった俺は悲しさを覚えた。
そしてもうひとつ別の想いが生まれてしまった。
それは「早く元々の速見さんを探し出して、どうやってかはまだ分からないけど、
入れ替わりを解かなければいけない。」と
そうしないとこの子の人生がめちゃくちゃになってしまうからだ。
こんなにも人から大切に思われている少女の人生を奪ってはいけない。
だから俺は密かに決意した。この体を速見さんに返すまでは苦手な勉強もするし、
他の女子ともコミュニケーションを取って、
彼女がこの体に戻ったときに浮かないようにしようと。