第58話 海百合千草⑤
「それじゃあ、千草ちゃんお風呂にいこっか」
瑞葉はまずはお風呂に入れた方がいいと思い、そう声をかける。
「はい。お姉さま」
それに対し、千草も満面の笑みを浮かべながら受け答えをする。
お風呂に入ることも誰かと一緒に入ることも久しぶりだった千草にとって、
この誘い程に嬉しいことはない。
千草は手を引いてくれている瑞葉の手をぎゅっと握りしめ、
その後を付いていった。
そしてお風呂場に付いた千草と瑞葉だったが、
ここでひとつ千草は思うことがあった。
というのも瑞葉は何の躊躇いもなく、
千草を女性用の更衣室に連れ込み、脱ぎ始めたのだ。
最初から、もしかしてという想いに駆られていた千草だったものの、
ここまでのことがあってはさすがに疑惑は確信に変わるというもの。
千草は一呼吸すると、瑞葉に問いかけた。というよりは事実を突きつけた。
「あ、あの・・・。お姉さま・・・。ぼ、ぼく、おとこですよ?」
千草はその言葉を言った瞬間、急に羞恥心が彼の中を駆け巡った。
思わず顔を赤く染めながらもじもじとしてしまう。
しかし、そんな千草の羞恥とは裏腹に瑞葉はあっけらかんとしている。
「うん。分かっているよ。」
そして脱いでいく手を止めない瑞葉。
(え、ぼくが男だってわかっているのにどうして?)
そんな瑞葉に思わず違和感を感じてしまう千草。
だけど、分かっていてもなお脱ぎ続ける瑞葉の姿を見ていると、
どうでもよくなる。
千草もまた脱ぎ始めた。
そして二人はお風呂へと入っていった。
「う、うわぁ・・・。」
お風呂に入った瞬間、思わず感嘆の声を漏らす千草。
こんなにも大きなお風呂に見たことも入ったこともない千草にとって、
そこは夢のような光景だった。
そのためか、当然心の中ではしゃいでしまう。
「千草ちゃん、こっちこっち~。私が洗ってあげるね♪」
千草がお風呂の中を見渡していると、
瑞葉が椅子を指差しながら、声をかけてきた。
千草はおとなしくその椅子に座ったのだったが、
鏡に映る瑞葉の姿が目に移り、視線を思わずそらしてしまう。
瑞葉はお風呂ということもあって、
髪の毛を後ろで括っており、タオルで胸を隠してはいた。
しかし、年齢相応に発育している胸の大きさまでも隠すことはできず、
その上、下の方までタオルが行き届いていないにもかかわらず、
しゃがんでいる故に目を凝らせば、見えてはいけないものが
見えてしまうようなそんな不健全な姿だった。
当然、千草も男の子なのだから、そういうことにも興味はある。
ましてや、今まで女性と触れ合ったことが
自分と同年代の女子はおろか少なかった千草にとって、
自分と一回りも年の違う女性の裸に近い姿を目の当たりにして,
おかしな気分にならないということもなく・・・。
まだ発育の進んでいない千草であれど、
当然のようにそれは少し大きくなった。
ただまあ、不幸中の幸いという言葉があるように。
彼は食事もあまり与えられず、常に暴力を受け、委縮していたこともあり、
彼のそれは同年代の男子たちのそれと比べて、極めて小さかった。
だからこそ、少し大きくなったからと言って、
そのサイズは同年代の男子の平常時にすら満たない。
そんな要因があってなのだろう。
瑞葉が千草がほんの少しだけ興奮していることに気づくことはなかった。
もちろん、ほんの少し顔が赤くなっているという気はしてはいたが、
お風呂にいるのだから当然であろうと思っていた。
瑞葉はそのまま何を気にするでもなく、千草の背中を洗ってあげた。
その間、所々で痣や傷跡を目にして、居た堪れない気分に陥ってしまう。
(どうしてこんなひどいことを・・・。痛かっただろうに・・・)