表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/69

第57話 海百合千草④

「え、あ、大丈夫か!?」

そんな千草の突然の涙に困惑してしまう優季。



このままでは目の前にいる女性にさらなる勘違いを与えてしまうかもしれない。

けれども一度止まらなくなった涙はそう簡単に止めることはできず、

千草は泣き続けた。



そんな彼を見る佐伯の表情は先ほどの顔とは違い、温かかった。

彼女はこの屋敷に住み込むようになってから早3年。

それまでは親に虐待を受け、自殺を考えるほどであった。

けれども優季と出会い、彼女は彼に引き取られた。

元々、佐伯の家族は彼女のことを必要としておらず、

単なるものとして扱っていた。

そんな不要なものを普通の人が一生でようやく

手にすることのできる大金を以て、

売ってくれと言われれば、売ってしまうだろう。

元々、彼女自身もその親も愛などなかったのだから。


そしてこの屋敷に引き取られてからは自分のことを

モノではなくヒトとして扱ってくれた。

小汚く何度も着ていた服は

綺麗に洗濯が施された可愛らしい服になり、

親の残飯しか与えられなかった食事も

今では1日3食きっちりとした食事がある。

それだけではなく、この屋敷でのメイドとしての仕事を与えてくれた。

仕事ということもあって、お給料も一定額貰え、

その内の半分を自分の恩人たる優季のために貯金し、

残り半分で自分磨きをしている。


彼女にとって、この屋敷は自分を救い出してくれた

恩人の住む場所というだけではなく、自分にとっても帰る家だった。



そんな彼女は千草の涙を見た途端、自分と同じ境遇なのだと悟った。



「え~と、あなた名前はなんていうの?」

だからこそ、彼女は今度は自分の番だという気持ちを感じながら、

千草に手を差し出した。

その眼差しはさながらお姉さん、いや母親のようだった。



「う、海百合千草・・・。」

千草は先ほどの怪訝な表情からうって変わって優しい笑みを浮かべる

彼女に名前を言いながら、差し出された手を掴んだ。


自分より年の離れている女性に優しくされたのはこれが初めての事だった。

母親は自分のことを邪魔者のように扱い、

家の外にも極力出れなかったことが原因だった。


千草が握った彼女の手は女性特有の柔らかさと温かさがあった。



「優季様、千草ちゃんのことは私に任せてください。」

「ああ、それじゃあ、頼む。俺は今日は6時には家に帰ってくるから。

千草、帰ってきたら一緒にご飯食べような。」


優季は佐伯に後を任せると、千草の目線までしゃがむと彼の頭を撫でた。

その姿はまるで父親のようで、

千草はそんな彼のことを尊敬の眼差しで見つめ返した。



「それじゃあ、千草ちゃん、

優季様が帰ってくるまでお姉ちゃんと一緒にいよっか♪」


千草は満面の微笑みを浮かべる佐伯の言葉に頷く。

自分の名前をこうやって呼んでくれることも今までなかった。

いつもは怒声交じりの呼びかけだった彼にとって、

それだけの事でも嬉しかった。


ただ、なぜか“ちゃん”付けされていることにだけは戸惑った。



「あ、私の名前は佐伯瑞葉っていうの♪よろしくね」

手を引かれながら、聞こえてきたのはお姉さんの名前だった。


(瑞葉、瑞葉お姉ちゃん、いや瑞葉お姉さま・・・。)

そして千草は彼女の名前を生涯忘れないようにその胸に刻み、

精一杯明るい声で口に出した。



「はい!瑞葉お姉さま」と。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ