表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/69

第56話 海百合千草③

優季はそのまま自分の屋敷へと少年を連れて行った。

世間から見れば誘拐にしか見えないその行為だったが、

このまま放っておくことなどできなかった。


千草もまたあの酷い状況から助け出してくれた

この名も知らぬお兄さんのことを信頼して、

抵抗することはなかった。


屋敷に着いた途端、千草は驚きの声を上げた。

今まで自分が住んでいたボロアパートとは大きさも綺麗さも、

どれをとっても格が違うその屋敷に目をパチパチさせてしまう。

「す、すごい・・・。」

本当に感動するものを見た時の人は言葉が少なになってしまうものなのだろう。

千草はまだ抱き抱えられる腕の中で体を震わせた。


「佐伯、この子を頼む」


優季は屋敷の中に入った瞬間、近くにいた佐伯に声をかける

佐伯と呼ばれた女性は優季の腕の中にいる子供の姿を見た瞬間、

顔を白くさせた。


「ゆ、優季様、そ、そのお子さんはどうされたのですか!?」


それは至極当然の反応だろう。

年は自分の方が上とはいえ、主人たる青年が見ず知らずの少年を

抱き抱えて戻って来たら当然こうなるだろう。


千草はそんな普通の反応を見て、またか。とついつい思ってしまう。

そしてまたこの優季様と呼ばれたお兄さんにも

迷惑をかけてしまうのだろう。と。

それならば、そうなる前に・・・。


千草は優季の腕の中から出て行こうとする。

またあの劣悪な環境へと戻るために・・・。



「この子は今日から俺の家族だよ。」



千草がもぞもぞとしていると、聞こえてきたのはそんな温かい声だった。

今まで千草は自分のことを家族として見てもらえた記憶がなかった。

家には自分のための部屋はなく、母親が連れ込んでくる男たちによって、

自分のための空間は侵食されていった。

彼らは母親には気があるが、千草には興味すらなく、

どちらかと言えば母親の枷であった。

だから冷遇を強いられていた。

ご飯も十分与えられず、衣服もボロボロのものを着させられ、

バレるのを恐れてなのか、学校にすら行かせてはもらえなかった。

それに加えて、母親が昼と夜の仕事に行っている間

ずっとその男たちに暴力を受けていた。

そしてそれを母親は知っても見て見ぬふりで、

千草はストレスを発散するための道具としての存在価値しかなかった。


そんな千草にとって、時折窓から見ていた他の親子が羨ましかった。

子供の手を優しく引く母親と父親。

そして愛情を注がれて育った笑顔満点の子供の姿。

自分の置かれた状況とは全く違うそんな姿を見る度に、

家族への憧れも強くなった。


ああ、これが本当の家族なんだろうなぁと。


この先もずっとそんな扱いを受ける日も、

家族の一人と呼ばれることもないのだろうと、

幼いながらも思ってしまっていた。



だからこそ、そんな千草だったからこそ、この優季の言葉は嬉しかった。


(ボクのことを家族にしてくれるの?)



その瞬間、千草の瞳から涙があふれて止まらなくなった。

しかしその涙は今まで流してきた悲しみや痛みに耐えるときの涙ではなく、

人の優しさに始めた触れた少年の温かい涙だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ