第54話 海百合千草➀
千草がこの屋敷に来たのはちょうど、1年前の事だった。
いつものように優季が彼をこの屋敷に招き入れた。
その時の千草はひどく痩せこけていて、吹けば飛んでいきそうな体をしていた。
短パンで公園のブランコに涙を流す彼を見た優季は駆け寄った。
「ちょっと、君どうかしたのか?」
千草は最初は、優季のことを無視してブランコを下りようとした。
だけど、地面に足を付けた瞬間、彼の体は為す術も無く崩れ去ってしまう。
何か激痛を我慢しているような苦悶の表情を浮かべながら・・・。
優季はそんな彼を放っておくことが出来るような性格ではなく、
その足を凝視した。
「ど、どうしてそんなことに・・・。」
あまりにもひどい状態に優季は驚嘆と悲しみのこもった声を上げた。
千草の足は真紫にはれ上がり、所々に切り傷が付けられていたのだ。
まるで人の手によって故意に作り出されたようなその凄惨な跡の数々。
その瞬間、優季の頭にある言葉が2つ浮かんだ。
(これはもしかして、DVかいじめか?)
しかし、そんなことを赤の他人が聞いたところで答えてはくれない。
そもそも彼自身がDVだと分かっていないのかもしれない。
優季は迷った。
このまま見ず知らずの少年を見なかったことにして、屋敷に帰ろうかと。
少年もそうして欲しいと言っているかのように、
足を引きずりながら優季の側から離れようとしている。
(人の家のことに口出すのは良くないことだ)
そう思い至った優季は痛みをこらえる彼を置いて帰ろうと背を向けた。
「おい!ガキ!!!どこ行った~!!!!」
そんな物騒な声を聞かなければ、優季は帰路についていたかもしれない。
けれども聞こえてしまった。
そしてすぐにその声の主を判別することもできた。
タバコを加えながら、男は誰かを探している。
年齢は20代後半か30代くらいだろうが、定職についている様子はなく、
遊び人のような風貌をしていて、ガラがただただ悪かった。
男は怒りを露にしていた。
本来であれば、このような人間とは
関わり合いたくないというのが優季の思考だった。
しかし、先ほどの少年にちらりと視線を戻すと、
その声を聞いたためなのか、
それともその姿を見たからなのか。
酷く怯えきったような表情をしながら、身体を震わせていた。
(この反応から察するに、やはり・・・。)
優季はその考えにたどり着いた瞬間、
言いしれようのない怒りが彼を襲った。
(この考えが正しいなら、なんて、なんて酷いことをするんだ!?)
少年のあの痣や傷をつけた犯人があの男だとすれば、
それは到底許されることではない。
しかし、まだこの考えが間違っているということもあり得た。
だからこそ、一歩を踏み出すのが遅れてしまった。
「あ!!見つけたぞ!!!千草!!!」
男は怒号を上げながら、少年目掛けて走ってくる。
少年は逃げようと足を踏み出すも、
痛みのせいであっけなく倒れてしまう。
男は少年の側へ近づくと、倒れている少年を
起き上がらせようとするのではなく、思い切り蹴り上げた。
「おら!!千草、これは逃げだした仕置きだ!!!」
ゲシッ。ゲシッゲシッ。ゲジゲシゲシ。




