第53話 ニート話を聞く
ちらりと楓さんの方を気になってみると、少し呆れたような顔をしていたが
梓さんの方はそれほど変な表情ではなかったので、少しだけ安心した。
ただそんな二人とは対照的に目の前の少年?は満面の笑みを浮かべ、
俺の手を握りしめた。
「お、お姉さまぁ///あ、ありがとうございます///」
よほどさっきの言葉が嬉しかったのだろうか。
感謝されるようなことはしていないだろうに、逆に感謝されてしまった。
むしろ失礼なことをしてしまった俺に、この感謝は罪悪感を募らせた。
「あ、そういえばまだ名前言ってなかったです・・・。
わたし、海百合千草っていうんです///
こ、これから末永くよろしくお願いします///お・ね・え・さ・ま・ぁ♡」
少年は自分の名前を名乗り、なぜかうずうずとしだす。
(あ!もしかして・・・・。名前を読んで欲しいのかな?)
「こ、こちらこそよろしくね♪え~と、千草く・・・。ちゃん」
「はい、お姉さまぁ///大好き~」
千草く・・・。いや千草ちゃんは大喜びで俺の腕に絡みついてくる。
一瞬、男の子なのだから“くん“呼びをしようかとも思った。
だけど、さっきの男だと気づかれたときのあの狼狽えよう。
そして何よりこの可愛らしい格好を目の当たりにして
そんな無粋なことはできなかった。
「ふぅ~ん。貴女は優しいんだね。」
千草ちゃんが俺の腕にその頭をまた摺り寄せていると、
楓さんがそんな言葉を浮かべる。
よほど、楓さんは千草ちゃんのことを嫌いなのかもしれない。
「まあ、でもいいわ。これからその子が
私たちに付きまとわないでくれるのだから。」
そして続けるように放たれたその言葉も酷かった。
「そ、そんな言い方・・・。」
あまりにもひどい言い様に俺は立ち上がって、反論の声を上げようとした。
けれど、千草ちゃんはそれを許してくれず、俺の腕を必死に引っ張った。
「い、いいんですお姉さま。わたしが悪いんですから…。」
千草ちゃんは頭をプルプルと横に振っていて、その想いに応えることにした。
「あ~あ。なんか今日はもう疲れちゃったでしょ。
今日はゆっくり寝て明日このお屋敷の中を案内することに
なるだろうから準備しておいてちょうだいね。」
俺が何も言い返さないでいると、
いつの間にか楓さんは部屋から出て行っていた。
「まったくあの方は・・・。それでは瑠美さん。
ごきげんよう。また明日」
「お姉ちゃん。また明日ね~。バイバ~イ」
そして楓さんを追いかけるように梓さんも部屋を出て行き、
美咲ちゃんも俺に手を振りながら去って行った。
残された俺と千草ちゃん。
「あ、あのお姉さま。お疲れの事とは思うんですけど、
私の話を聞いてもらえますか?」
千草ちゃんは俺の目をじっと見据えながら、問いかけてくる。
断る理由などなかった。
「うん。話を聞かせて。」
「ちょっと、楓さん。待ってくださいませ」
楓の後を追いかける梓。
梓が待つように促してはいるが、楓は全く止まる様子を見せない
「待てっつってんだろ!!!」
あまりにも止まろうとしてくれない楓に気の短い梓はキレたのだろう。
またしても、いつものお嬢様の演技を脱ぎ去り、
この屋敷に来るまでの本来の語気と言葉で彼女を止めようとする。
「はぁ~。本当にお節介な人よね。私のこと好きでもないくせに。」
梓の勢いに負けたのか、楓はため息をつきながら足を止めた。