第26話 ニート、怖くなる
この人は何を勘違いしているのだろうか。
俺にはさっぱり意味が分からなかった。
だけど、多分この人は俺が家出をしているのと疑っているのではないか。
まあ、よくよく考えてみれば、
誤解を招くような表現を使ってしまったかもしれない。
家に帰りたくても帰れなくて。なんて言われたら家族の不仲や
親の不倫の現場を見たくないから。
とかいうありふれた理由が思い浮かぶのかもしれない。
ただ、俺が言った言葉はそこまで深読みする必要のないもので、
単純に自分の家の場所が分からないだけなのだ。
家出なんて考えたこともなかった。
だけど、そういう風に捉われてしまったのであれば、なかなかに厄介なことになる。
このまま、ここでじっとして居ようものなら完全に家出少女と誤解されて、
彼の家に連れていかれかねない。
だからと言って、もう少しで太陽が沈んでしまうこの時間帯に
家への帰り道も分からずに当てもなく彷徨うというのは
なおさら危険なことに巻き込まれかねない。
そもそも、この青年の提案に同意して、
この人の家にお世話になることにしたとしよう。
今は真面目な青年を演じているが、
家に着いた瞬間に突然豹変して襲われてしまうかもしれない。
襲われでもした日には、瑠美さんの体と心に大きな傷を与えてしまう。
どちらを選択したって、危険なことに巻き込まれてしまうリスクが確かに存在する。
どうしたものか・・・。
俺は焦りと不安の混在する感情の中で悩んだ。
しかし、俺がそうやって考えをまとめ、結論を導き出そうとしている間に
青年はどこかへ電話をかけていた。
う~ん、どうしよう・・・。
数分経ったはずなのに、俺の考えは堂々巡りで問答を繰り返していた。
そして無言であるにもかかわらず、青年はまだ俺の隣にいた。
するといきなり青年が車道の方に手を振り始めた。
(うん?いきなりこの人、何を・・・。って、え!?)
俺は車道の方に視線を向け、驚愕してしまった。
いつの間にか来ていたタクシーがドアを開けていたのだから・・・。
「タクシーが来たようだね。君も結構長い時間歩いたことだろう。
タクシーの中でゆっくりと休むといい。さぁ、乗って」
青年は俺の方を先に乗せようとする。
そんな彼の態度に俺は困惑してしまう。
(え、いつの間にタクシーを呼んだんだ!?
いや、そんな事よりもこのままではこの人の家に連れていかれてしまう。
やばいやばいやばい。どうにかこの場から逃げなきゃ・・・。)
俺はあまりにも急転直下な出来事に頭がパンクしそうだった。
だけど、このまま見ず知らずの人、それも男の家に連れていかれるわけにはいかない。
たとえ今はいい人そうでも内面は分からないのだから・・・。
その結論に達した瞬間、俺は逃げるために走り出そうとした。
しかし・・・。
ギュっ
「痛っ・・・。えっ・・・。」
いつの間にか掴まれていたのか、俺の走り出そうとした体を引き留めるために、
青年の手が俺の手をしっかりと握っていた。
びくとも動くことができなかった。
(ぜ、全然振りほどけない!!ど、どうして・・・。
こ、これが男と女子高生の力の差・・・。)
この時になって改めて、
自分が女の子に変わってしまったことを再認識させられてしまった。
ただ、そんな俺の絶望感を知ってか知らずか
青年は俺の手を掴んだまま、タクシーに乗せようとする。
さっきまでは真面目な青年でいい人だと思っていたのに、
もう今となっては、(男の人・・・。怖い!!)と思い始め、
自分と同じ男なのに恐怖や嫌悪感を抱き始めた。