第19話 ニート、恥ずかしくなる
というか井の中の蛙大海を知らずという言葉が頭を過った。
中学時代そこそこの実力があったはずの俺が反応すらできず、
玉が落ちる音を聞いて初めて打ち返されて、
自分のコートに入ったことに気付いたのだから。
なんだか情けないな。
しかし、そんなことで落ち込んでいる暇はなかった。
茜は次のサーブは自分からであるということを理由に、サーブの構えに入っていた。
俺は気を取り直して、ラケットを構え直す。
ヒュッ
茜の手から玉が彼女の目線より少し高い高さまで上がられる。
オーソドックスとも言えるそのサーブの初動・・・。
そして、その玉が彼女のラケットの高さまでたどり着いた瞬間、
カーンという音とともにラケットは振り切られた。
さっきまで入ったことそれ自体を嬉しく思っていた俺とは違い、
茜の打った玉はさも入ることが当然というかのごとく、俺のコートの中へ侵入してきた。
俺はそれをさっき茜がしたのと同じように、自分のラケットで思い切り叩こうとした。
今だ・・・。
ラケットの中央に玉を当て、振り切ろうとした。
しかし・・・。
なんということだろうか。
その玉にはあらかじめ右回転が強烈に掛けられていたようで、
俺の振り切ったラケットからどんどんと遠ざかっていき、
しまいには真横にバウンドしていった。
そして、そんなことになるとは露にも思っていなかった俺は
勢いよくラケットを振り切ってしまったこともあって、
玉と同じように右回転してしまった。
「キャッ」
それだけではなく、この女子高生バリバリの変な声。
この瑠美という少女はもしかしたら驚くようなことがあったら、
すぐに声が出てしまうのかもしれない。
だからこそ、俺が全然意識していないにも関わらず、
「ひゃう」や「キャッ」という恥ずかしい声を口から発してしまうのではないか。
論理的に自分の恥ずかしい声が出るメカニズムについて考えたが、
やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
俺はさっきの「ひゃう」という言葉が口から出てきたとき同様に顔を赤面させた。
そうしている間にも、茜は次のサーブ準備を完了させていたのか、
玉はいつの間にか俺のコートへまたしても入っていた。
今度こそは。そう意気込みながらラケットを振った。
さっきのような恥ずかしい声が出ないようにするために、
適度な力ではあったが、玉はラケットに直撃するはずだった。
しかし、1度あることは2度あるというもので
今度は左回転が強烈に掛けられていたためか、左方向に玉は逃げていき、
俺のラケットは無情にも空を切るだけで何の手応えもなかった。
ほんの少しだけ泣きそうになった。
しかし元々が男の俺がこんな卓球ごときで泣くわけにはいかない。
俺はぐっと涙腺が崩壊するのを止めると、
今度は自分のサーブのために構えをただした。
20分後・・・。
はぁはぁはぁ・・・。
俺は息切れを起こしてしまい、近くにあったベンチで少し休ませてもらっていた。
あの後、茜の猛攻が止まることは一切なく、
俺が打ったサーブはことごとくサービスエースで返され、
茜の打ったサーブをなんとか返せるようになったと思えば、
凄まじいカウンターで絶望を突き付けられた。
何事にも真剣なのか、茜は手を抜いてはくれず、
1ゲームが終わるころには俺だけが疲弊するという
何とも無様な結果に終わってしまった。
そして茜はというと、俺に付き添っていてくれたが、
いつ回復できるのか分からなかったので、1人で遊びに行ってもらっている。
こんななんでも揃っているアミューズメント施設にまで来て
卓球だけとはさすがにお金の無駄だろう。
それから5分後、やっと息も落ち着いてきた。
俺は近くにあった自動販売機にポケットの中に偶然あった小銭を入れ、飲み物を購入
これを飲んだら、茜と合流しようかな。
そう思いながら、買ってきたジュースの蓋を取り、飲んでいた。
すると、なんかパッとしない感じの男の子がこちらを見ていることに気付いた。
なんかチラチラとこちらに視線を寄こす彼に、少し戸惑った。
だからと言って、こちらから話しかけるようなメンタルを俺は持ち合わせてはいない。
俺はジュースを飲むのを再開した。




