第14話 由比元菜穂①
瑠美(湊)が席に座り目を閉じたちょうどその頃
彼女たちの先輩である3年の教室で一人の少女がうなっていた。
「むぅ~。今日できっちり3年かぁ。はぁ。全然戻れる兆しが見えないよ~」
「菜穂!どうしたの~??そんな考えこんじゃってぇ・・・。菜穂ってそんなキャラだっけぇ?あ、わかったぁ!!まったD判定だったんでしょ~!落ち込んじゃって無駄無駄!そ~んなことしている暇があるんだったらぁ、璃子と遊ぼうよ~!!ねぇねぇ」
「も、もう!!璃子ったら。わ、わかったからお腹をつんつんするのだけはやめて~!!」
菜穂と呼ばれた少女は友人の璃子の繰り出す地味だけど、結構痛い攻撃のせいで先ほどまで考えていたことを一度中断し、追い打ちをかけられないように席を立つと、逃げた。
それはもう脱兎の如くということわざが良く似合うほどの速さで・・・。
わたし、由比元菜穂は3年前まで男だった。
いや正確には今も心は男のままであるが、
その心を入れている器が女になってしまった。
そんな摩訶不思議な状況に直面していた。
そうなる前日の夜までは確かに自分には男の象徴たるものが付いていたし、
逆にこんなにもゆっさゆっさ揺れている女の象徴はなかった。
それが突然、朝起きたら女になっていたのだ。
こんな話を誰かにしても信じてはもらえないだろう。
実際、長年共に生活していた親や兄弟に自分に起きてしまった変化を
打ち明けても信じてはもらえず、またいつもの冗談という形で片付けられてしまった。
そんな誰に頼ることのできない状況下ではあったものの、
最初の2週間程度はこうなってしまった原因や戻る方法を模索していた。
がしかし、
俗に女の子の日と呼ばれる例の現象に直面して以来、
自分の体が本当に女になってしまったのだとかなり最悪なタイミングで
思い知らされることになり、その日を境に自主的に戻る方法を
模索することをあきらめ、いつか戻れますようにと天に祈ることしかしなくなっていた。
というよりも、この3年間という長い期間は彼を彼女に変えるためには十分な時間であり、
最初の頃は全然いつ来るのか分からなかった女の子の日も今では
スマートフォンにインストールしてある予測アプリで確認できるようになったし、
最初の頃は恥ずかしくてなかなかうまくできなかった着替えやトイレ、
お風呂も今では普通の女子のようにこなす始末。
だから男に戻りたいと祈りはしているものの、本心では現状にやや満足していることも
あってか、もう戻らなくてもいいかもしれない。と思ったりもするわけだった。
そしてまあ、当然のように自分と同じ状況に遭遇している
男性が他にもいるのではないか。と薄々ではあったが感じていた。
だからと言って、そんな人をこの地球上から探すのは
絶対に無理なことだということも分かっていた。
そんな風に考えていたからこそ、まさか今日同じような状況に直面している
男性が自分の近くにいるだなんて露にも思っていなかった。
しかし、そんな由比元菜穂と瑠美が対面するのはそれからすぐ後の事だった。
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン
それは6時間目の終礼のチャイムだった。
とはいっても、地理の先生は体育で疲れていた俺たちに気を遣ってなのか、
5分ほど早く授業を終えてくれた上に、
みんなに少しの間の仮眠の時間を与えてくれた。
たった5分間ではあったが、ほんの少しだけ疲れが取れた感じがした。
そして終礼のチャイムが鳴ると、先生は教室を立ち去り、少しの時間を空けてから
担任の先生だと思しき先生がやってきた。
見るからにおっとり系の先生ではあったが、
まだ眠ったままの生徒を軽く揺すって起こすと、
そのまま別れの挨拶をするというやや手抜き感漂う終礼に
少しのギャップを覚えたが、そのままつつがなく終わった。
これがこのクラスの普通なのだろう。
そして・・・。
皆がそれぞれ下校準備を終え、数名はもう教室を出るのを
傍目に見ながら俺は焦っていた。
(俺はどこへ帰ればいいんだ・・・。)