先生、石田が全部悪いのだと思います。
「それではこれより第3回美化委員会を始める」
相川は異論が無いか確認し、続きを話す。
「今日の議題は」
相川が言葉を発しようとした途端、がらりと部屋の戸を引かれた。
「……何をやっているんだ?」
少々やつれ気味のひょろ長い先生が三人を見つめて不思議そうに言う。
「委員会です」
「あ、大塚先生だ」
「知ってる先生?」
「うん、あたしのクラスの担任」
「………………石田、か」
大塚は嫌そうな顔で石田に答え、あまり石田を見ていたくないと言うように視線を相川に変えた。
「委員会は水曜だけだろ? 確かここ……美化委員だよな」
「そうですが何か用ですか?」
「なにかって……この教室、今日は教員会議で使用するんだが」
「え」
「あ、じゃあ今日は帰っていいの? らっきー」
「……石田、やることないんだったら榎木にプリントを届けに行かないか?」
大塚は持っていた鞄から結構な枚数の紙をちらつかせる。
「えーなんであたしが? ……榎木ってあの不登校でしょ、うぜ」
石田はそう言いペットボトルの飲み物に手をつける。
その様子に大塚は深いため息しか出なかった。
「え、石田さんのクラスって新入早々不登校者いるの?」
「うん、それがね」
~回想~
『石川奈々です。中学からテニスを初めて、高校でも頑張りたいので、テニス部に入ります。一年間よろしくお願いします』
ぱちぱちぱちぱち――。
石川は拍手の音を聞き、ほっと緊張の糸を解いて椅子に座る。
『次』
その後ろの席に座る石田は下を向いたまま動かない。
『……』
『次は……石田!』
入学初日なので誰が誰だかほとんど知られていないが、石川の後ろの席に皆の視線が刺さる。
石川も不思議そうに後ろを向く。
『…………』
『石田……き、きやむび?』
担任は生徒名簿を睨みつけて必死に読もうとする。
数人の生徒はニヤニヤと楽しそうにしている。
『早く自己紹介しろよキャンディ!』
とある男子生徒が何も言わない石田にしびれを切らしてはやし立てた。
その言葉は居たたまれない空気をさらに凍りつかせ、春の日差しが一瞬にして曇ったように暗くなった。
ニヤニヤと石田の様子を見ていた生徒は口を開けたまま真っ青に変色した。
『石田さん?』
下を向いたまま動かない石田の身を心配して石川が声をかける。
その瞬間、石田は盛大に音をたてながら立ち上がった。
『石田です。この一年間の目標は先ほど声を発した人を社会的に抹消しきれいで明るく無駄のない学園生活を満喫することです。一年間よろしくお願いします』
石田は深々とお辞儀をし、何事もなかったかのように静かに椅子に腰を下ろした。
拍手はなかった。
その瞬間、このクラスにいる全員が容易に未来を予知できた。
――この中から一人、不登校者が出ると……
~回想終了~
「これがあたしの美化委員としての初陣だったわ」
「美化委員は他人に対して物理的攻撃はしないぞ」
「精神的にも追い込んだよ」
「精神攻撃もしないものよ」
今までの石田の暴力発言に引いてきた上野だが、適応能力が高いのかもうなじみ始めてきた。
「でもその人、石田さんの名前知っていたのよね? なんではやし立てたりしたのかしら」
「同じクラスに石田と同じ中学の奴がいて広めてたんじゃないか? あいつら石田にへこへこしてるくせに影ではよく馬鹿にしてたぞ。主に名前を」
「なるほど、美化委員の腕がなるわ」
「ならんでいい。と言うかお前は美化委員の活動方針を間違えている」
「大塚先生、人間とは間違える生き物ですよ」
「おお、石田にしては頭のいい発言。美化委員としての自覚が備わってきたんだな」
「使いどころを間違えている上に美化委員と全く関係ないな。と、言うことで届けてこい、石田。事の発端はお前にあるんだからな」
大塚は紙の束を取り出して石田の前に差し出す。
だが石田は汚物を見るような眼でプリントを見る。
「てか先に手出してきたのあっちだし」
「手は出してなかったよね、回想を聞く限り出したのは言葉だよね」
「上野うまーい。ポテチ一枚!」
「ありがと」
「話を逸らすのは見苦しいぞ石田。高校生にもなって責任も持てないのか」
「てかお前らも早く出てけな? ここ後十分くらいで会議に使うから」