扇子が無い
「それではこれより第1回美化委員会を始める」
真面目そうな雰囲気を放つ、この中で唯一の男子学生はホワイトボードに背を向けて言い放った。
日に焼け過ぎて色素が抜けた茶髪をポニーテールにしている女子学生がホワイトボードに書き込む。
「ではまず『自己紹介』から始めるとしよう」
「異議あり!」
ありえないようなピンク色の髪をしている女子学生が、肩より少し長いツインテールを揺らしながら音を立てて席を立つ。
「なんで自己紹介なんてしなきゃいけないのよ。あたし絶対名前言わないから」
「どうしたんだ? 名前くらいいいじゃないか、個人情報を聞きだしているわけではないのだし」
「嫌よ。あたしに名前を聞くと言うことはプライバシーの侵害に当たるわ」
「そうか、俺から言えばいいのか? 俺は相川哲也、この美化委員の委員長を務める」
「私は書記の上野良子……ってことであなたが副部長でいいかな?」
「……まあ人数少ないし、副部長は別にいいけど、あたしの名前は絶対に言わないから」
「……別に知ってるから良いけど、なぜそんなに拒むんだ?」
「喜屋武日って西洋風の可愛らしい名前じゃないか。日本名は飴だけど」
「それが嫌だっつってんだよ!」
名前を言われ、荒く机を叩いて立ち上がり相川を射殺さんばかりに睨む。
「本名で呼んで何が嫌なんだ?」
相川は理解できない、というように首をかしげる。
そこへ上野がフォローを入れる。
「いきなり愛称で呼んだら失礼ってことじゃない? ね、キャンディス」
上野はにっこりと笑いながら手を前に出して握手を求める。
だが石田はその手をとらなかった。
「キャンディ・キャン●ィじゃないわよ! あなた結構失礼ね」
「じゃあアードレーでいいか?」
「お前は中学同じだろ! 石田だよ石田!」
「それくらい知ってるさ、あだ名をつけようとしてただけだ」
「名前が呼べないんじゃあ自己紹介してもねー……いっそのこと『例のあの人』とか」
「あたしそこまで悪じゃないから!」
「じゃあ『光成』なんてどうだ?」
「まず男じゃねーよ」
「じゃあどんなあだ名が良いの?」
そう言われると、石田は先ほどまでの突っ込みが嘘のように黙ってしまった。
というより、ものすごく真剣に考え込んでいる。
「……………………雨」
「………………は?」
「………………え?」
二人は長い沈黙のあと、同時に言葉を発した。
石田の発言が信じられず、頭だけでなく身体までフリーズしてしまう。
「雨って書いてレインね! かっこいいでしょ!」
当の本人は凄く気に入っているようで嬉しそうに呟く。
二人この瞬間以心伝心できた。
((センスのなさは親譲りか……))
「よ、かったね……これからよろしく…………石田、さん」