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一年の言の葉

この章はアメリカに留学中の正巳と、日本の佳一との手紙のやりとりです。



 春


「市原正巳様


 先輩がアメリカで暮らすようになってから、そろそろ一月ですね。

 元気ですか?

 そちらの生活にも少しは慣れてきたのでしょうか。

 前回の手紙では言葉の壁に当たって落ち込んでいたようですが、最初は解らなくて当たり前なんですから焦らずのんびりいきましょう。

 考えすぎるのは先輩の悪い癖ですよ。

 俺はそういうところも好きですけどね。


 彬に聞いた話じゃ「最初の三ヶ月を乗り切ればこっちのもん」だとか。

知ってました? あいつの兄貴さん、高校の時に一年間の長期留学を経験しているんですよ。

 又聞きの言葉で励ますのもどうかと思いますが、未経験者がとやかく言うよりも経験者の一言の方が真実味あるでしょう。これ信じて元気になってくれればと願っています。

 ちなみに、兄貴さん本人にも一昨日会いました。

 弟と違って真面目で誠実そうな人でしたよ(先輩には会わせたくないタイプかな。懐きそうな気がしますから)。



 俺と彬は部活には入らないことにしましたが、将信は柔道部に入部したうえ、ときどき、剣道部や空手部にも顔を出しています。

 あのとき、階段から落ちた先輩を受け止めた動きからして只者じゃないとは思っていましたが、中学の時に三年連続で全国大会上位入賞の猛者だと聞いて納得しました。

 将来、警察官になるのが夢だそうです。

 なんか納得でしょう。



 俺達の付き合いも、先輩がアメリカに行ったのと同時期くらいからですから、まだ一月ちょっと。

 お互いに知らないことも多くて、毎日が発見の連続です。

 けれど、新しいものを知れる楽しさを、そちらで先輩も感じてくれていたらいいと思いながら、まぁ三人でそれなりにうまくやっています。

 そうそう、あの二人は先輩の、先輩はあの二人の住所を知りたがっているようですが、俺は絶対に教えませんよ。

 その代わり、お互いの近況は俺が責任をもって伝えますから、それで了承して下さい。



 随分と長くなってしまいましたから、今日はこれくらいで。

 体調にはくれぐれも気を遣ってください。

 無理は禁物ですよ。




 文月佳一」





 ***





「佳一へ


 元気かって、そんなのどうでもいいから、いたるところにヘンな文章入れるのやめろ!

 日本の友達からの手紙だって、伯父さんや伯母さんも気にしてるのに、それ読んで俺がヘンな顔したら、二人もますます気にするだろ。

 まさか勝手に見られたりはしないと思うけど誤解されたら来年日本に帰してくれなくなるぞ!

 いいな、とにかく怪しい文章は今後二度と入れるなよ!



 俺は元気。

 こっちの学校にもだいぶ慣れた。

 英語も少しずつだけど聞き取れるようになってきた。

 時枝と久津木の住所、なんで教えてくれないんだ?

「三ヶ月乗り切れば…」のアドバイスの礼もしたいし、ちゃんと教えろ。

 ところで懐くってなんだよ、俺だってガキじゃないぞ。

 日本に帰ったら絶対に会わせろ。



 人のことばっか気にしてないで、自分の身体のことも考えろよ。

 おまえ一人暮らしで食事まともに取れてるのか?

 自分こそ風邪なんか引かないように気をつけろ。

 じゃあ、また。




 正巳」







 ***







 夏


「市原正巳様


 こんにちは。

 その後、身体の方はどうですか?

 まさか学校行事の一つにサバイバル=キャンプがあるとは、この間の手紙を読んで驚きました。

 いくら担任教師が引率するとはいえ、生徒だけで自炊して、しかも一週間も電気のない生活なんて日本じゃ考えられませんから、…貴重な経験をしたと言えば、そうかもしれませんね。

 彬は「先輩がワイルドになって帰って来たらどうする」なんて言っていましたが、俺は大丈夫だと信じています。

 何故って、帰ってきた途端に熱を出して倒れたと知った時には心配しましたけど、それも気が抜けたからでしょう?

 先輩が出逢った頃と変わらずに可愛いままなのが判りましたから。



 こちらからも一つサバイバルな話を。

 つい最近まで夏休みだったのは先輩も知っていると思いますが、俺達三人はニセコの山に遊びに行って来ました。

 冬のニセコは有名ですが、あそこは夏もいいんですよ。

 来年は四人で遊びに行きましょう。



 話は逸れましたが、その山に入ったところで妖獣に襲われてしまい、危うく喰われてしまうところだったんです。

 単体ならまだしも何に呼ばれて集まったのか隙間無く囲まれてしまい、一泊二日の小旅行が三泊四日にまで延びてしまいました。

 里界の関係者が狙われるという自覚はありましたが、さすがに今回は肝を冷やしました。

 先輩も里界の関係者に違いないんですからくれぐれも注意してください。

 俺が渡した使役、連れ歩いてくれていますよね? 他の人間の目には触れないのですから、常に傍において先輩を守らせてください。

 お願いします。



 そろそろ彬達が迎えに来る頃ですからこれで。

 最後に、あの二人の住所は教えませんよ、絶対に。

 先輩が日本に帰って来たら、また一緒に過ごすことになるんです。

 今だけは先輩を独り占めさせて下さい。

 ね?


 それでは。




 文月佳一」





 ***





「佳一へ


 おまえ、ほんっと人の話を聞かないよな…まぁいいや。

 山で襲われて怪我しなかったか?

 また無茶したんだろ、絶対。

 人の心配より、まず自分のこと考えろって。あー、人の話を聞かないおまえになに言っても無駄だよな。

 けっ。


 俺の方は狙われるようなことも無く毎日平穏無事に過ごしている。

 英語もかなり話せるようになった。

 そのうち、日本語を使えなくなるかも。

 この間の日本語クラスで受けたテスト、九四点だったんだ。

 けど、こんな使い方絶対にしないっていうような問題が多くてさ。

 日本語も英語も国が変われば同じってことかもな。

 おまえ相手じゃどこの言語も通じなさそうだけど。



 明日から一週間、友達の田舎遊びに行くんだ。アイダホって知っているか? じゃがいもの町。

 今度はそっから帰ってきた頃に手紙書く。

 じゃ。




 正巳」







 ***







 秋


「佳一へ


 この間はほんと助かった。

 まさかアメリカでまで狙われるとは思わなくて油断していた。

 おまえがくれた水の鳥、マジで役に立ったよ。

 けど日本とアメリカってすごい離れているのに、何かあるとすぐに判るんだな。

 あの夜に電話もらって驚いた。

 …こんな離れてるのに、守ってくれてるんだなって…ムカつくけど嬉しかったよ。

 じゃ、ほんとありがとな。




 正巳」





 ***





「市原正巳様



 こんにちは。

 先輩の手紙には人柄が滲み出ているなと毎回思っていましたが、先日もらった手紙には参りました。

 まったく、どこまでも可愛い人ですね。

 妖よりも青い眼のトンビの方が心配です。

 くれぐれも甘い言葉には用心してください。

 何かがあればすぐに駆けつける気でいますが。



 でもそんな心配ないかな。

 先輩も俺を一番に想ってくれているようですし。

“カイチ”の腕は俺と良く似ていたでしょう?―――



 ***



 まだ太陽も昇る前の、一般家庭であれば誰もが熟睡していて当然の時間帯。

 鳴り始めた電話のベルに、だが文月佳一は笑いを噛み殺しながらベッドを降りた。

“あの手紙”を投函して今日で六日目。

 そろそろ来る頃だと思っていた。

「はい、文月です」

 手にした受話器に話しかける。

 と、同時。

『佳一! おまえ何で…っ、なんでカイチの名前知ってんだ!? ってか腕って…!』

 予想通りの相手。

 予想通りの台詞。

 やはり彼は変わっていないと、それが嬉しくて顔が緩む。

『…っ、正直に話せ! おまえどこまで知ってる!?』

 彼が目の前にいたら、きっと耳まで赤くして自分を睨むように見上げている。

 両手は拳を握って。

 息も詰めて。

 自分が何を言い出しても即反応出来るように身構えているに違いない。

 そんな彼の姿を思いながら、佳一は笑いを含ませた言葉を紡ぐ。

「どこまでも何も先輩の“カイチ”は俺の力が具現したもの、言わば俺の分身です。なんだって伝わってきますよ、先輩の危機も、先輩の淋しさも」

『………っ』

「俺に甘えてくれて嬉しかった」

『ふざけんなぁっ!!』

 叫ぶ正巳に、佳一は笑う。

 二週間ほど前にアメリカで妖に狙われた正巳の危機を、彼の傍にいた佳一の能力――正巳が“カイチ”と名付けた水の鳥は即座に感知し、それは本体であり主である佳一に瞬間的に伝えられた。

 どれほど遠く離れようとも己が力。

 カイチの瞳は佳一の瞳。

 見事に妖を退けた後、襲われた恐怖と、これからも同じことが起こり得る可能性への不安を抱えて立ち上がれずにいた正巳を、佳一の姿を象ったカイチが抱き締めたのだ。

 大丈夫。

 傍にいる。

 貴方は必ず俺が守るから――

 佳一ではない“カイチ”に正巳もつい素直に甘えてしまったのだが、まさかそれがこういう事になっていようとは、本人はあの手紙を読むまで想像もしなかっただろう。

『くそっ、おまえ俺を騙したのか!? 騙したんだな!?』

「まさか。俺は先輩だけは騙しませんよ。騙す気ならカイチと俺の繋がりを黙ったまま、これからももっと甘えてもらいました」

『っ!』

「ですから、これからはカイチを本物の俺だと思って甘えてください」

『二度とするか! あの時の俺はオカシクなっていただけだっ、絶対にそれだけだ!!』

 ガチャン! ――とあちらの回線が切断された。

 後には正巳の怒鳴り声の余韻が残るばかり。

 しばらくそのままでいた佳一は、フッと頬を緩めると受話器を置いた。

「…まったく。せっかく国際電話まで掛けてきてくれたのに、本当に予想通りのことしか言わずに切られてしまったな」

 くすくすと笑いながら部屋に戻る。

 自室の棚に揃えて置いてある十通ほどのエアメール。

 一番新しい封筒を手に取った。

 正巳からの手紙。

 短い文面に感じられる温もり。

「先輩のことだから、きっと手紙も途中までしか読まずに電話して来たんでしょうね」

 それこそ時差のことなど考えもせずに、佳一とカイチが繋がっているという話に驚愕して慌てて電話を取ったのだと思う。

 実に正巳らしい。

 あまりにも彼らしくて、愛しく思う。

「手紙は最後まで読んで下さいね」

 呟いた唇を、正巳の書いた文字に寄せて。

 そっと微笑む。

 彼を想う。



 ***



「市原正巳様



 こんにちは。

 先輩の手紙には人柄が滲み出ているなと毎回思っていましたが、先日もらった手紙には参りました。

 まったく、どこまでも可愛い人ですね。

 妖よりも青い眼のトンビの方が心配です。

 くれぐれも甘い言葉には用心してください。

 何かがあればすぐに駆けつける気でいますが。



 でもそんな心配ないかな。

 先輩も俺を一番に想ってくれているようですし。

 “カイチ”の腕は俺と良く似ていたでしょう? ――なんて、こんなことを言うと、先輩はきっと驚いて俺に電話して来るでしょうね。

 言われる内容も予想がつきますよ。



 でもね、先輩は少しくらい甘えた方がいいです。

 そのために俺がいるんですから。

 ね。

 覚えておいて下さい。

 先輩は決して一人ではないんですよ――









 冬


「市原正巳様


 アメリカでの年越しはどうでしたか?

 こちらは純和風に、彬と将信は家族と一緒に年越し。

 俺は富士山の頂上で登山家の皆さんと一緒にカウントダウンをしました。

 どうやって富士に上ったかは、先輩が帰ってきてから実際に体験させて差し上げますからお楽しみに。

 俺の能力、最近になって妙に強くなっている気がします。



 先輩が帰ってくるまであと少しですね。

 俺の部屋は、もういつ先輩が越してきても構わないくらい準備が整っていますから、荷物も順次、送って下さい。

 彬や将信も、先輩に会えるのを楽しみにしています。

 日程が決まったらすぐに教えてください。



 アメリカの方が居心地が良くなって帰るの止めたなんて言わないで下さいよ。



 今日はこれから彬達と初詣に行って来ます。

 先輩が元気に帰ってきてくれるように祈ってきます。


 本当に、会えるのを心から楽しみに待っています。





 文月佳一」





 ***





「佳一へ


 おまえは最初から最後まで俺の言うこと聞かなかったな。

 アメリカの方が居心地良いとかじゃなくて、おまえと同じ部屋に住んで本当にいいのか、って、そっちの方が心配だ。

 頼むから普通の生活させてくれよな。



 三月二十日に日本に帰る。

 新千歳に着くのは十二時頃になる予定だ。

 荷物は、おまえの言葉に甘えて先に送らせてもらう。

 迷惑掛けると思うけど預かっておいてくれ。

 漁るなよ!


 俺もおまえ達に…いや、久津木や時枝に会うの楽しみだって伝えておいて。

 あと時枝の兄貴さんにも。

 絶対に会うからな!


 俺の能力。

 おまえみたいに強くなっているのかどうかは判らないけど(どうやって富士に上ったのか聞くの怖いぞ)、最近、今までと違った変な夢を見る。

 手紙で書くには面倒だから、日本に帰ってから詳しく話す。

 悪い感じはしないんだけど、ほんと、なんか変な夢なんだ。



 もしかしたらこれが最後の手紙になるかもしれないな。

 俺も日本に帰るの楽しみだ。


 時枝と久津木の住所、教えてくれなかったのはムカつくけど、一年、何度も手紙くれてありがとな。

 そっち帰ったら、また改めてよろしく。


じゃ。



 正巳」





 ***





 そっち帰ったら、また改めてよろしく。



      こちらこそ、また改めてよろしくお願いしますよ――。



 胸中に呟き、佳一はそっと微笑んだ。

 三月二十日まで、あと少しだ。








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