第一章 〜 十二
――闇に覆われて。
誰一人、その場所を知らない。
どこからともなく聴こえる声は幾度となく正巳を呼び、彼を深い眠りの底へと誘った。
真っ暗で何も見えない。
目を開けているのかさえも判らない。
そんな正巳に絶えず語り掛ける声は、一体誰のものだろう。
―――オマエハ 独リキリ………
―――オマエハ 孤独………
―――オマエハ 無意味………
ここにおまえの居場所はなく、おまえを必要とする者はなく。
おまえが居なくなったからと言って、嘆き悲しむ者も、もういない。
「もう…いない……」
両親は一月以上も前に他界し、毎日帰っていたあの場所には誰もいない。
そればかりか十三年を過ごしたあの家すら、もうすぐ自分の家ではなくなってしまう。
正巳を待つ者は無く。
場所もなく。
探す者も、受け止める者も。
愛してくれる人も、何処にもいない。
「…けど伯父さんと伯母さんは……」
脳裏に優しく抱き締めてくれた二人の姿を思い浮かべる正巳に、やはり声は語り掛ける。
―――オマエハ 邪魔………
―――オマエハ 嘘ノ子供………
―――オマエハ 荷物………
本当の子供でもないのに、愛されるはずがない。
どんなに優しい言葉を並べてみても、その本心は判らない。
とんだ荷物を押し付けられてしまったと思っていても、それは誰にも分からない。
「…俺は…いるだけ邪魔……」
―――オマエハ 邪魔………
―――オマエハ 迷惑………
―――オマエハ 不要………
教室での光景が思い出される。
今までどおりの言葉では話せない自分。
そこにいるだけで皆の気持ちを重くし、雰囲気を暗くしてしまった。
自分の存在が周囲の負担にしかならないならいるだけ迷惑だ、と。
ここに居てはいけないのだと、あの日、正巳は確かに自覚した。
ここに己の居場所はないのだと。
「伯父さんと伯母さんにも迷惑になる……」
本当の子供でもないのに、彼らの生活に入り込もうとしている自分は邪魔なだけ。
「俺はいない方がいい……?」
誰にとっても負担にしかならなくて。
いるだけで誰かの気持ちを暗くし、生活を妨げてしまうのなら。
そういう存在でしかいられないなら、自分はさっさと消えてしまった方がいい……。
「もう…居場所なんかないなら…」
誰も待っていないなら。
その方が皆、幸せになれるなら。
「俺…」
「…正巳…?」
「っ…?」
不意に聴こえた名を呼ぶ声に、正巳はハッとして身を強張らせた。
聞き覚えのあるそれは、母親の声。
あの夜、家に現れた彼女の、笑顔を伴う、優しい声…。
「正巳、貴方はいらない子なんかじゃないわ」
「…母さん…」
「貴方は私達の大切な子よ。貴方さえいれば他には何もいらないの」
「そうだよ、正巳。自分は邪魔だとか、必要ないだとか、そんな悲しいことを言わないでくれ」
「父さん……っ」
開いているのかさえ分からない目に、それだけは鮮明に映る両親の姿。
自分は居ない方がいいと考える正巳に悲しげな顔をして、そんなことはないと、慈愛に満ちた言葉を告げる二人が、正巳に手を差し伸べた。
「さぁ、いらっしゃい、正巳。そんな暗いところにいるから悲しいことを考えてしまうのよ。私達と一緒に帰りましょう、あの家に」
「家…?」
「ずっと一緒に暮らしていたあの家だよ。他にどこへ行くと言うんだい? 私達が帰る場所はあの家以外にないのに」
「…でも」
「さぁ正巳」
「でもあの家は…」
「…? どうしたの正巳。何を怯えているの?」
「…っ」
怯えていると言われて肩を震わせた正巳に、眼前の両親は穏やかに微笑う。
「大丈夫だよ。私達が一緒なんだ。…これからはずっとおまえと一緒だよ」
「ずっと…?」
「あぁ、ずっとだ。もう独りになんかしないよ。淋しい思いもさせない。家族三人、いつまでも一緒だ」
いつまでも。
何があっても。
「誰がなんと言おうと、私達だけはおまえを愛しているんだから」
両親だけは。
何があっても、どうなってしまっても、父親と母親の二人は正巳を愛している。
「他人には邪魔にしかならなくても、私達は正巳が大好きよ」
本当の息子だから。
家族だから。
「私達だけがおまえを愛しているんだよ」
「………っ!」
誰も、何も。
伯父も伯母も、学校の友達も。
他人でしかない彼らには迷惑にしかならない自分の存在も、本当の両親の傍でなら意味がある。
必要としてくれる。
ずっと変わらずに愛してくれる。
「だから正巳、一緒に帰ろう。あの家に帰って、三人で幸せになろう」
十三年間の思い出が詰まったあの家で、これからも三人一緒に幸せな時間を過ごしていけるなら、それはきっと、幸せだと思う。
「私達はおまえを裏切らないし」
「っ…」
裏切らない。
いつでもおまえの望むままに。
「傍にいるわ、正巳」
傍にいる。
決して独りにせず、寂しい思いもさせず。
「さぁ、いらっしゃい、こちらに」
両親の笑顔が正巳を誘う。
家族の元に帰っておいで、と。
一緒に家に帰りましょう、と正巳を誘う。
…けれど。
「…? どうしたの、正巳?」
「正巳。そこにいても、おまえは独りきりなんだよ? おまえを愛しているのは私達だけなんだから」
「…っ」
けれど、それは本当に?
これは、本当に自分が愛した家族の言葉なのだろうか。
一緒に死にたかったと願った父親は。
母親は。
自分達以外に正巳を愛する者などいないと、そんなにも簡単に言い放つ両親だっただろうか。
判らなくて、混乱して。
考えようとすれば酷い頭痛に襲われ、その痛みから逃れるように頭を抱えた。
と、その髪に手が触れた瞬間。
―――…正巳………
唐突に耳に届いた伯母の声。
―――…正巳。伯父さんと二人で待っているわ、貴方が家に来るのを……
そう言って微笑んでくれた伯母との約束。
「行ってらっしゃい」と強がりであることが明らかな正巳に、それでも笑顔を向けて言ってくれた。
一週間なんてあっという間よと、励まして。
―――…先輩…!
「っ…?」
唐突な呼びかけに、正巳はハッとした。
それは誰の声。
―――…おまえが本当に先輩を殺そうとしているんだったら、ここで俺がおまえを叩きのめす………
いつか聞いた、強い怒りに満ちた言葉は、久津木将信のもの。
―――…俺と久津木は先輩を助けられるなら助けたいと思った………
そう言って、真摯な眼差しで相手を見据えた時枝彬。
彼らの声音に含まれる怒り、それは何に誘発され、対峙する相手に向けられたものだっただろう。
それは、正巳を想ってのものではなかっただろうか。
―――…先輩を独りにはせずに済むと思うから……
―――…先輩が自分の中に押し込めてきたもの、俺が全部受け止めます……
「……っ!」
それは誰の言葉。
腕に抱きしめて、真っ直ぐな眼差しで見つめて。
泣いていい、悲しんでいいのだと言ってくれたのは、文月佳一。
「…っ…けど…けどおまえは……!」
「彼は私達を殺したんだよ」
「!」
両親の声に、正巳は顔を上げた。
「そうだろう正巳。おまえも見たはずだよ、彼が他の二人に炎の刃を向けたのを」
「…っ」
「私たちはあの炎に殺された。正巳、おまえはそれを察したはずだ。だから傷つき、泣いていた。…もう分かっているんだろう? 彼は、おまえを裏切ったんだよ」
「…っ…」
父親がなおも手を伸ばし、正巳の腕を取ろうとする。
「正巳。いつまでもそこにいては、これからもおまえは傷つくことになる。私も母さんも、大事なおまえに今以上に傷ついて欲しくなんかないんだよ」
「そうよ、正巳。これからは私達が貴方を守ってあげるから。あんな裏切るような子に正巳を渡したりなんかしないから…、だからこちらにいらっしゃい」
「……っ」
裏切った。
傷ついた。
泣いてもいいのだと言ってくれた、その言葉も嘘だった。
「…けど…っ」
けれど、両親の死を悲しんでもいいのだと、そう言ってくれた言葉も嘘だろうか。
和室の仏壇に置かれた四つの位牌。
―――…こんな俺でも、自分が経験した痛みは忘れられないものですよ………
両親を亡くした悲しみ、それを彼は知っている。
知っていて、そんな酷い嘘をつくだろうか。
―――一人で我慢していたら、きっと俺も耐えられなかった……
そう告げて優しく微笑う人間が。
大事な人の死の辛さを知っている彼が。
夢の中、ずっと泣いていた“彼女”を笑わせていた彼が、こんな嘘を。
「――! 正巳!」
「…なんで……」
手を伸ばし、叫ぶように名を呼ぶ父親の姿に、正巳は顔を歪める。
「なんで父さんがこんなところにいるんだよ…っ」
「正巳…?」
「なんで母さんがそんなところで笑ってるんだよ…!」
二人は、死んだんだ。
だから落ち込んで、周りに心配かけて、迷惑かけて空気悪くして、文月佳一に元気付けられた。
騙されていたと、思った。
だけど、大事な人の死の辛さは知っている。
両親が死んだから分かった。
それが現実のはずだ。
だったら、生きている自分を呼ぶ目の前の両親は、一体なにを知っているのだろう。
その行き先は、いったい何処に。
「なんで…なんで父さんと母さんが俺を殺そうとするんだよ……っ」
「正巳…」
「呼ぶな!」
もう二度とその声に呼ばれたくなんかない。
「呼ぶな…っ、それ以上俺の親を侮辱するような真似するな……っ!」
二人はもういない。
いないから、自分は辛い思いをした。
その辛さは死んで忘れられるものじゃない。
こんな幻覚に惑わされて、忘れてしまっていいものじゃない。
「…っ…優しい両親だったんだ……っ」
二人の死が、こんなにも悲しいほど。
正巳にとっての両親は、優しくて、厳しくて。
どんなに成長しても両親が好きだと周囲の反応を憚らず断言してしまえるほど、誇りに思える二人だった。
子供の見た夢の意味を一緒に考えてくれた母親。
わくわくするような意味をつけてくれた父親。
小学校を卒業しても、高校に入学した後も、両親の言動はあの頃と変わらなかった。
二人は、正巳の感じたものを否定することはなかった。
そのときだけで終わらせるようなことは、絶対にしなかったのだ。
「父さんも母さんも、辛いなら一緒に死のうなんて絶対言わない」
「正巳…っ!」
「俺の親なら…っ…あの二人なら! 一人になっても生きろって……っ」
伯父と、伯母と。
学校の友人達と。
「一人になっても独りじゃないから生きろって言ってくれるんだ……っ…!」
「ま、さ…い…ぃぃぃいいっ!」
「ひぃぃぁあ!」
「!」
突如、激しい風が周囲を吹き荒れた。
砂となって消える両親の姿をしたものの末路を最後に、視界を閉ざされた正巳の思考に、まるで再生機能が壊れた機械のように繰り返し響く異質な声。
―――オマエハ 独リキリ………
―――オマエハ 孤独………
―――オマエハ 無意味………
どこから聞こえてくるのか、直接脳内に響くそれに、正巳は言いようの無い不快感を覚える。
―――オマエハ 邪魔………
―――オマエハ 嘘ノ子供………
―――オマエハ 荷物………
「だま…れ……っ」
―――オマエハ 邪魔………
―――オマエハ 迷惑………
―――オマエハ 不要………
「うるさ……っ」
必要としてくれるのは、親だけ。
他の誰もが正巳を嫌悪する。
その声は絶えずそのような内容の言葉を繰り返して正巳の精神を攻撃した。
だが正巳はもう騙されない。
両親を失くしたから。
もう二度と逢えないからこそ、願って。
逢いたいと願ったからこそ、今ここにいるのだと気付いたから。
「私達だけがおまえを愛しているのに…」
「おまえには私達しかいないのに…」
「うるさい…!」
「正巳を愛しているのは私達しか…」
「黙れ、消えろ!」
消えろと叫んで、再び吹き荒れる突風。
両親の姿、声をしたものも再び砂となって掻き消えるが、あの異質な声がやはり繰り返し響き、両親の姿を象った。
何度も、何度も。
正巳を呼び、正巳を愛しているのは自分達だけだと囁き。
彼の手を取ろうと近付いてくる。
「うるさいうるさいうるさい! おまえ達は違う! 父さんでも母さんでもない! 違う…全然違う……っ…!」
頭を抱え、膝を付いて蹲る正巳を、なおも襲う昏い囁き。
―――オマエハ 独リキリ………
―――オマエハ 孤独………
「違う…っ」
―――オマエハ 孤独………
―――オマエハ 無意味………
「違う…そんなことない……!」
―――オマエハ 独リキリ………
「独りなんかじゃない……っ」
邪魔でも、荷物でも。
誰の迷惑にしかならなくても、例えここにいることが無意味だったとしても。
「独りじゃない……っ…」
そうじゃない。
独りなわけがない。
だって、髪に触れれば今も呼んでいる声がする。
―――…先輩…!
何度も、呼んでくれる声がする。
独りなら。
本当に誰も自分を必要としていなかったら、こんな声が聴こえるはずが無い。
どこかで、誰かは。
きっと自分を必要としてくれる。
―――…先輩を独りにはせずに済むと思うから……
そう言って、笑んでくれたんだ。
―――…先輩が自分の中に押し込めてきたもの、俺が全部受け止めます……
そう言って、抱き締めてくれたんだ。
―――…泣けるようになったら俺の前で泣いてください……
泣いて、いいって。
―――先輩の心が壊れてしまう…、俺は、そんな先輩を見たくはないですから……
だから、そうなる前に泣けって。
自分の前で泣けって、言ってくれた。
―――…こんな俺でも、自分が経験した痛みは忘れられない………
その痛みは、自分だけのものではない、と。
そう言って見せてくれた、笑顔。
「……っ…き……」
だったら。
本当におまえが俺を裏切っていないなら。
その言葉が真実だと言うなら信じさせてみろよ、今、ここで。
「ここで泣かせろよ……っ」
「正巳、しっかりして! あぁ、なんて可哀相に…こんなに苦しんで…みんな私達を殺したあの子のせい!」
「正巳、さぁ早くこちらにおいで! 私達と一緒に来ればきっとすぐに良くなるよ」
「違うっ、テメェらじゃない!」
こんなのは違う。
虚像なんかじゃ、意味がない。
「こいつらじゃない……っ、おまえだ文月……っ!」
文月佳一、その名を持つおまえが。
「おまえが泣かせてみろよ佳一……!」
「ひぃっ…」
「ひぃぃぃあああああああっ!」
「っ!」
今までにない絶叫に驚愕して顔を上げた正巳は、そこに、砂と化して消えないものを視た。
「なっ…なに……」
両親の姿をしたものの、更に奥。
辺り一体を覆う闇の向こうに潜む子供くらいの大きさの濃い影。
目を凝らすと、次第に鮮明になってくるそれの輪郭は、いまだかつて見たことのない異形の姿。
「!!」
それも一匹や二匹ではない。
まるで自分を囲うように存在する無数の獣達を認めて、そのあまりにおぞましい姿形に込み上げて来る嘔吐感と必死に戦いながら顔を背けた。
だが声は執拗に語り掛ける。
―――ソノ名ヲ呼ブカ……
―――オマエハ 独リナノニ…
―――独リノ貴様ニ 家族ヲ 与エヨウト言ウノニ……
―――ソノ我ヲ拒ミ ソノ名ヲ呼ブカ………!
「…っ…く……!」
何十もの声が重複した昏い囁きが、まるで佳一の名を嫌悪するように言葉を連ねる。
―――ソノ名ヲ呼ブナ……
―――オマエハ 我ノ与エタ虚像ト共ニ生キテ…
―――ソノ身ノ力ヲ我ニ与エヨ……!
「っ…俺……俺の、力……?」
―――オマエノ 力……
―――里界ノ 占者ノ力……
「センジャ…? リカイって…っ…ぁ…!」
―――オマエハ 我ガ器トナリテ ソノ力ヲ我ニ与エヨ……!
正巳にはまったく意味不明な言葉の連なり。
「ぁっ…あ…!」
―――オマエハ 独リキリ………
―――オマエハ 孤独………
―――オマエニ応エル者ハナイ……!
四方八方から頭の中に直接送られてくる音波のような声に、正巳は膝から崩れ落ちた。
苦しい。
例えようのない息苦しさと、恐怖。
意識を乗っ取られそうになるのが嫌というほど解ってしまう。
頭の中に自分以外の何かが入り込んでくる感覚。
指先から全身に駆け抜ける、獣の牙に噛み砕かれたような激痛。
「あぁああ……っ、ぁ…、あああ……っ!」
痛い…。
痛いなんてものじゃない。
このまま死んでしまってもおかしくない様な苦痛。
「この…っ、全然来ないじゃねぇか…!」
泣きたい時は呼べと、そう言ったのに。
――だから泣きたくなったら俺を呼んでください……
――どこにいたって、必ず駆けつけます…
――……ずっと傍にいます……
そう言ったのはおまえなのに。
「やっぱり全部嘘なのか、佳一……!」
出せる限りの声で、悪態をついた刹那。
「…っ?」
周囲の獣が一斉に咆哮する。
―――ソノ名ヲ呼ブナ……
―――ソノ名ヲ呼ブナ……
―――ソノ名ヲ呼ブナ…………
幾度となく繰り返される獣達の叫び。
―――ソノ名ヲ呼ブナ…………!!
あまりに必死に叫ぶその声に、正巳はまさかと疑いつつも口を開く。
「……佳一……?」
―――ゥオオオオオオオオ……!!
「佳一…」
―――ソノ名ヲ呼ブナ……
―――ソノ名ヲ呼ブナ………!!
繰り返し、何度も何度も放たれる絶叫は佳一の名を拒んだ。
拒んで、正巳から距離を取る。
まるでその名前自体が彼らにとっての天敵であるように。
その名こそがこの連中を遠ざける呪文のように。
――…先輩、俺のことはなんて呼んでと言ったか覚えていますか?
――佳一と呼んで下さいって言いましたよね?
思い出す。
彼の言葉。
「ぁ…」
なぜ、この名前にそれほどの力があるのかは解らない。
「佳一…っ…」
解らないけれど、彼の言った言葉を思い出して、正巳は全力で叫んだ。
「佳一、来いよ! 俺はここだ!」
どこにいたって、必ず駆けつけると告げた佳一は、今、どこでこの叫びを聞いているだろう。
「佳一、俺はここだ! ここにいるんだ、佳一!」
獣達が絶叫する。
呼ぶな、寄るな。
その名を広げるなと、獣が叫ぶ。
「佳一!」
何度目かのその叫びに、不意に応えたのは淡い閃光。
強烈でありながらも美しい白銀の輝きは、正巳の心に温かかった。
それはまるで、十三年間家族で暮らしてきた故郷、北の大地に降り積もる雪のよう。
命寂れた冷たい大地を覆い尽くし。
静かに、静かに覆い隠し、眠らせて。
来るべき春、命の輝きが再生されるその日まで大地を包む優しい衣。
自分の頭の一部分が徐々に熱くなっていくのを感じながら、そこが以前、佳一にキスされた場所だと気付いた。
「ぁ……」
もしかして、と思うより早く。
――――正巳……っ!
獣達の囁きを打破る力強さ。
それに引き上げられるように、正巳の意識は覚醒した。