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第一章 〜 十一



「これが最後の忠告だ。死にたくなければ市原正巳に近付くな」

 はっきりと言い放つ佳一の口元には先刻までの笑みが戻っていた。

 それほどの余裕とも取れる態度は、どこから生まれてくるのだろう。

 血に塗れ倒れる人の未来を知っていて、それでも黙って見ていろと命じる言葉。

 気は長くないと告げて見せた冷酷な眼差し。

 それは。

 それは、どこから来るもの…?

「まさか…おまえなのか……?」

 久津木の台詞に、佳一は彼を見る。

 何が自分なのか、とは聞かない。

 佳一は、おそらく彼が言うだろう次の言葉を知っていた。

 知っていて、それでも揺らがない笑みは何故だ。

「そうなのか…? おまえが…、おまえが先輩を殺すのか……っ?」

 佳一が、正巳を。

 あの血だらけの映像はおまえの仕業かと厳しい口調で問いかけた久津木と、時枝に、佳一は笑うだけ。

 笑みを強めて、自然に、そこに在るだけ。

「…っ……」

 どうして否定しないのだ。

 どうして、自分が正巳を殺すはずがないと言い返さないんだ。

 ただ笑うだけなんて。

 ただ、笑う、だけなんて―――。

「…くそ……っ…!」

 正巳は唇を噛み締めた。

 震える手で固く拳を握り。

 …彼らの声は、もう遠い。

「――答えろよ…っ!」

 一歩踏み出し、校舎の陰から姿を現した正巳に、三人の一年生は弾かれたように彼を振り向く。

「先輩…」

 そう呟いたのは、誰だろう。

 佳一の表情すら、自分の登場にわずかに強張って見えたのは、…こうなっても彼を信じようとしている自分の期待が見せた錯覚か。

 優しい笑顔しか知らなかった正巳の、愚かな幻か。

「答えろよ文月…っ…! 今までの全部嘘だったのか! 優しい顔して見せたのも全部ぜんぶ俺を騙す為の嘘だったのか!」

「先輩…」

「答えろ」

 正巳に近付こうとした佳一を、久津木が強い力で制する。

「おまえが“違う”って…、先輩を傷つけるのは自分じゃないってはっきり言え! そうじゃなかったら意地でもここから動かさない…っ!」

 佳一は、久津木を見、時枝を見、そして正巳を見る。

 わずかに眉間を寄せて、最終的に不機嫌そうに久津木を見返し、手を払う。

「おまえ達には関係ない」

「! 関係ないことないだろ!」

「関係ない。巻き込まれて死にたくなかったら今すぐに手を引け、俺の邪魔をするな、それだけだ」

「文月…っ……!」

 冷たく言い放たれたその言葉に、正巳までが突き放されたような気持ちになる。

 今までの、優しい笑顔しか浮かべなかった彼の面影は、そこにはない。

「なんで…っ、おまえ先輩が気に入ったって言っていたじゃないか!」

 声を張り上げる時枝に、佳一は舌打ちするだけ。

「あれだけ構って、近付いて! それが全部先輩をあんな目に遭わせる為だったって言うのか!」

「…おまえが本当に先輩を殺そうとしているんだったら、ここで俺がおまえを叩きのめす。こっちこそ、おまえなんかに指一本触れさせやしない」

「…ほんっとに邪魔だな、二人とも。そんなに命が惜しくないのか?」

「っ」

 佳一が告げた刹那。

「――!!」

 彼らの間を裂いたのは熱の塊。

 一筋の光のようでありながら、燃え盛る炎の刃に、久津木は手を焼かれ、時枝の制服に飛び火する。

 …炎が上がる。

 久津木と時枝を巻き込んで燃え盛る火柱。

「うわっ…」

「なんだ…っ!?」

「だから言ったんだ!」

 瞬時に動く佳一の行方を、正巳の目は捕らえない。

 その瞳に映るのは真っ赤な炎だけ。

 両親の命を奪った。

 真っ黒な塊に変えた、業火の柱。

「………!!」

 突如現れた対向車。

 両親の車と衝突。

 爆発、炎上。

 そういう事故で、両親は焼かれ死んだ。

 それは、事故。

 

 …………それは、本当に事故だった……?


「……っ」

 ここに、突如生まれる炎がある。

 火種も、ガスも、何もなく。

 邪魔だと言い捨てる存在を燃し尽くそうとする赤い凶器。

「…んで…おまえが……?」

「! 先輩…?」

「おまえが…殺したの……?」

「ぇ…?」

 重なる視線に揺れ動く戸惑い。

 それは正巳の?

 佳一の?

 

 それは、誰。



 ――先輩を独りにはせずに済むと思うから……



 そう告げて優しく微笑った彼は、いない。



 ――先輩が自分の中に押し込めてきたもの、俺が全部受け止めます……



 そう告げて抱きとめてくれた腕は、ない。

「全部…全部、嘘だったんだ…?」

 危険なところを助けたのも、優しい言葉をくれたのも。

 夢を見たのも、夜道で遭遇したのも、全部、全部。

 この男が意図的に仕組んだこと。

「…俺を殺す為に近付いたんだ…」

「先輩?」

「おまえが…、おまえが父さんと母さんを殺した…っ」

「!」

「先輩…」

「父さんと母さんを殺して! 今度は俺を殺すのか…っ…そのために近付いてきたのか……っ!」

「違…っ!」

 佳一が叫ぶより早く、一際激しく燃え盛った炎が正巳を呑み込む。

「先輩!」

 もう、佳一の言葉は届かない。

 燃え盛る炎に呑まれて、正巳を覆うのは果てしない闇だけ。



 ―――…もう俺は……

       オマエハ 独リキリ―――



「くそっ……!」

 燃え盛った炎が正巳を呑み込んでほんの一瞬、最後に爆発するようにして消えた炎とともに、正巳の姿もその場から消えていた。

 呆然とその一部始終を見ていた時枝と久津木。

 双方の衣服はずぶ濡れだったが、しかし飛び火した炎が跡形もなく消え去っているばかりか火傷の痕さえ残ってはいない。

 それは、佳一がどこからともなく彼ら二人に“水”を放ったからだった。

「文月…おまえ……」

「…っ、これであの人になにかあったら、おまえ達どう責任を取るつもりだ……っ!」

 今までにない深刻な顔つきで言い放たれた言葉を、二人はうまく理解出来なかった。

 解るのは、佳一が正巳の姿が消えたことに憤っているということ。

 正巳を奪われた事に確かな焦りを見せていること。

「…文月、おまえ…」

 時枝も、久津木も。

 適当な言葉が見つからず、どう言えば正確に伝わるかも不明なまま、それでも聞かずにはいられないことを素直な言葉で声に出す。

「おまえ、何者……?」

 呆然と問いかける二人に、佳一は思い切り頬を引きつらせた。








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