序章
前世、私は38歳アラフォーの独身OLだった。
そこそこに忙しくお給料もまあまあな会社の経理課に勤め、軽度のオタクで活字中毒気味、ネット小説を読むのと書くのが一番の趣味。自作小説を素人小説投稿サイトに何作かアップしたりもしていた。
その他の趣味はカラオケと旅行と映画鑑賞といういたって一般的なもの。履歴書の趣味欄にはいつもこちらのみを書いていた。乱読気味なのでネット小説以外の本も小説に限らず何でも読むから、読書をつけ加える事もあるが、最近は読書するってだけでオタクっぽいと思われる事もあるのだ。ゲームも少々するが、それも書かない。
私はオープンオタクではなく隠れオタクだった。基本的にチキンなのだ。
周りの友達はほとんど結婚し、子供を産み、色々大変な事もあるけど幸せそうだ。
子供は比較的好きな方なのでそれも楽しそうだなと思うけど、昔から恋愛というものにとんと興味がなく、おつきあいというものをしてみたことはあるけれど、ピンとこず、のめりこむこともない私は大体短い期間で自然消滅という形で恋愛を終わらせた。
これは向いてないんだな、と何度目かで確信した。
30歳の頃には自分は多分結婚はしないだろうと漠然と感じ、マンションを買って猫を飼い老後資金をこつこつと貯金する日々。
周囲からは「結婚しないの?」「寂しくない?」などと聞かれるが、遊んでくれる友達も少数だがいないではないし、猫もいるし、一人で楽しめる趣味も持っている。たまに会う妹の子供を可愛がり、おもちゃを貢ぐ。
そういう至って気楽な生活に満足していた。
途中で事故や病気にならなければ仕事を定年まで勤めあげ、その後は自由気ままに暮らし、いよいよ体がきかなくなれば老人ホームに入ろう。
そんな人生計画をたてていた、まあ普通の何の変哲もないそこらによくいるおばさんだったのです。
そしてこれまたさほどめずらしくもない話で、雨の夜、車のスリップ事故に巻き込まれて死亡。
という前世。そう、前世なのです。
あ、死んだ。そう思って激痛のなか意識を失い、次に目が覚めて、あら?助かったの?と思った時には赤ちゃんになっていた。
最初、体が思うように動かず、目もよく見えなかったので、やべぇ事故の後遺症か?治るのか?ずっと不自由なままだったらどうしよう?医療費と生活費と、しばらくは貯金があるけど…あ、事故だから保険おりる?医療費相手持ち??と心の中で焦っていたら、巨大な人影が私を覗き込んできた。
「@、。/;!%$?」
確実に日本語でない良くわからない言語で優しく何事かを話しかけられ、首の後ろとお尻の辺りに腕をまわされ、ひょいと抱き上げられた。
その人の胸に(女性でした)抱かれたままゆ〜らゆらと揺らされるに至って、巨人に遭遇した驚きで硬直していた私はなんとなく悟り、体の力を抜いた。
これは、あれだ。輪廻転生ってやつだ。相手が巨人なんじゃなくて私が赤ちゃんなんだ。
転生ってホントにあったんだな…。
この理解の早さはオタクならではだったろう。
ネット小説で今流行の転生ものは私も大好物で、自分もいわゆる「異世界転生トリップもの」に着手し20話ほど書き進めていたところだった。
そこそこ見てくれている人も増えてきていて書くのがとっても楽しかった。
そういえばそもそもあの視界の悪い豪雨の中、夜間に外出したのも、市民図書館で借りていたその小説のNAISEI部分用の資料が翌日返却日だったので、コンビニで必要部分をコピーする為だった。
せっかくこれからNAISEIパート突入!って色々勉強したのに、エタっちゃうのか〜あ〜あ…
それにしても別に転生もの定番の神様とかには会わなかったけど…。てことは特殊能力とかTUEEEEはないな。残念!ま、普通の転生はあるかもだけど、神様チート転生はさすがに願望入った創作物だもんね。
でもこんな普通人間の私でも転生しちゃうなんて、案外転生ってみんなしてるのかも。そして死んですぐの赤ちゃんな今はいろいろ覚えてるけど段々忘れていくのかも。
ここはどこの国かなぁ。言葉は日本語でも英語でも私の知ってるヨーロッパあたりの言語でも中国や韓国のでもなさそうだったけど、できれば紛争とかがある地域じゃなくて、貧困地域でもないとこがいいなぁ…。
あんまり苦労とかはしたくないよ。この人生ものんびりのほほんと生きていきたい…。
などと切実かつのんきなことを考えつつ、赤ちゃんの脳みそでい複雑な事を考えたからなのか、推定母親に抱かれて本能的に安心したのか、揺れに負けたのか、だんだんとおりてくる瞼に逆らわず目を閉じた。