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第一話「社会人、日付が変わる頃に寝落ちする」

社会人ゲーマーの、ちょっとした日常を書いてみました。


MMORPGを遊んでいると、一度は経験するような

「あるあるネタ」を中心にした短編連作です。


今回は「寝落ち」のお話。

気軽に読んでもらえたら嬉しいです。

挿絵(By みてみん)


 退勤の打刻を押したときには、すでに日付が変わる一時間前だった。


 軽い残業のつもりが、気づけばずるずると時間を持っていかれる。

 誰もが一度は経験する、特に珍しくもない夜だ。


 帰り道のコンビニで適当なお弁当とペットボトルを買い、部屋に帰る。

 スーツを脱ぎ、軽くシャワーを浴びて、髪をまとめる。


 時計を見ると、23時50分。


 少し迷ってから、椅子に腰を下ろした。


「……少しだけ」


 そう呟いて、PCの電源を入れる。


 見慣れた起動画面。

 ログイン音。


 それだけで、ほんの少しだけ疲れが取れる。


---


 私の名前は三上みかみ あずさ

 28歳、都内のIT企業でシステムエンジニアをやっている。


 今日も残業で、日付が変わる直前に一人暮らしのアパートへ帰宅した。

 趣味はMMORPGと呼ばれる、インターネットを介した多人数プレイのオンラインゲーム。


 いわゆるネトゲで、遅い時間に帰ってきても遊べるので、気晴らしになった。

 数あるネトゲの中でも、最近ハマっているのはこれ。


 Gun Edge Apocalyptic World――通称GEワールド。


 銃とスキルを組み合わせた戦闘を主体としたネトゲで、ミッションと呼ばれるインスタンス型のコンテンツをクリアしていくのが主な遊び方だ。


 タンクもヒーラーもいない代わりに、各自が役割を理解して動く必要がある。

 見た目はアクションゲームに近いが、実際にはかなりロールと立ち回りが重要になるタイプのゲームだった。


 ギルドチャットを開くと、見慣れた名前が並んでいる。


『おつかれさまー』

『今終わったとこ』


 同じギルドのメンバー、レオンとアンナだった。


 ギルドというのは、ネトゲでユーザー同士が自由にグループを作れるチーム機能のようなものだ。


 数日前にオフ会と呼ばれる、ギルドのメンバーが実際に会って楽しむ催しがあった。

 ギルドのリーダーのレオン、仲のいいアンナは、ずいぶんと若い学生さんだった。


 以前から薄々気づいていたが、やっぱりなという印象だ。


 私のキャラはグレイ。

 トレンチコートにフェドーラ帽をかぶり、ブルパップ式のアサルトライフルを背負った長身の男性。

 キャラ名は、好きなバンドから取ったものだ。


 他のユーザーとは、ゲーム内のチャットでやり取りする。


 キーボードに軽く指を乗せる。


『おつかれ』


『もう落ちる?』


『うん、今日はここまでかな』


『明日もあるし』


 いつものやり取りだ。


 少しだけ間を置いて、キーボードを打つ。


『もうちょっとやっていくよ』


『さすが』

『無理しないでね』


 軽く返して、二人の名前がログアウト表示に変わる。


 画面が、少しだけ静かになった。


 賑やかな時間が終わって、残った余白だけがそこにある。


 私は軽く息をついて、マッチング画面を開いた。


---


 深夜帯のマッチングは、少しだけ空気が違う。


 人は減るが、その分、妙な落ち着きがある。

 無駄な会話も少なく、淡々と進むことが多い。


 適当にミッションを一つ選び、参加ボタンを押す。


 数秒後、パーティが成立した。


 特に挨拶もなく、ミッションが開始される。


 それでいい。


 この時間は、そういうものだ。


---


 序盤の敵を処理しながら、自然と指を動かしていた。


 無理に集中しているわけでもない。

 かといって、手を抜いているわけでもない。


 ただ、いつも通りに動いているだけだ。


 ――少し、眠い。


 その感覚だけが、じわじわと後ろからついてくる。


 暖房の効いた部屋。

 シャワーの後の体温。

 長時間のPC作業。


 条件は、揃っていた。


 視界が、一瞬だけ暗くなる。


 ほんの数秒。

 体感では、それくらいだった。


---


 ――違和感で目が覚める。


 キャラクターが、壁に向かって走っていた。


「……あ」


 思わず声が漏れる。


挿絵(By みてみん)


 カメラを動かすと、パーティのメンバーはすでに先に進んでいる。

 自分だけが、妙な位置に取り残されていた。


 急いで操作を戻し、合流する。


 チャットログが、少しだけ流れている。


『大丈夫?』

『今ちょっと止まってたよね』


 短い文章が二つ。


 責めるような空気ではない。

 ただ、確認しているだけだ。


 私は一瞬だけ考えて、短く打つ。


『ごめん、少し』


 それ以上は言わない。


 言い訳をするほどのことでもない。


 少し間があって、誰かが返す。


『あるある』


 それで終わった。


---


 社会人になってから、この手のことは珍しくなかった。


 ミッションの途中で一瞬意識が飛んで、気づいたら置いていかれていたこともある。


 水辺のマップで、バシャン!という落下音で目が覚めたこともあった。


 以前プレイしたゲームでは、フィールド狩りで近くにいるだけで経験値が入るタイプのゲームで、

 経験値だけ手に入れて「何もしていない」と勘違いされたこともあったかな。


 どれも、大したことではない。

 もちろん他のプレイヤーも、寝落ちしているのを見かけることはある。

 責めたりなんかしない。


 ただ、少しだけ気まずくて、少しだけ面白かった。


---


 戦闘に戻る。


 特に何事もなかったかのように、ミッションは進んでいく。


 誰も深く追及しない。

 誰も気にしすぎない。


 それでいい。


 グレイもまた、いつも通りに動くだけだ。


---


 ボスを倒し、ミッションが終了する。


 報酬画面を流し見ながら、時計を見る。


 日付は、すでに変わっていた。


 画面の向こうの誰かが、短く打つ。


『おつかれさま』


 私も返す。


『おつかれ』


 それだけで十分だった。


---


 街に戻る。


 少しだけ、静かだ。


 さっきまでいたレオンやアンナの名前は、もうない。


 椅子に体を預けて、小さく息を吐く。


 まだやれないこともない。

 もう一回くらいは、いけるかもしれない。


 少しだけ考えてから、マウスから手を離した。


「……まあ、今日はこれでいいか」


 ログアウトボタンを押す。


 画面が切り替わる。


 部屋の静けさが、ゆっくりと戻ってくる。


 時計の秒針だけが、規則正しく音を刻んでいた。


 明日も仕事だ。


 でも、今日もちゃんとログインできた。


 それで十分だと、私は思っている。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


この作品は、社会人ゲーマーの日常を

一話完結の「あるあるネタ」で描いていく予定です。


次回は「火力マウント」や「初心者詐欺」なども考えています。


もし少しでも「わかる」と思っていただけたら、

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