#8-15 夜空に咲く光の中で
オルガー達の焼却作業は日が落ちるまで続いた。園内の街灯は壊されあたりは真っ暗。被害者は来場客、スタッフなどを中心に200名弱。そのうちオルガーに変異させられたのは92人。全員焼却処分した。約3万人がいた中じゃかなり健闘した方だろう。今の所は。
首をポキっと音を鳴らす。さっき狛坂から連絡があって、一旦任務は完了で変身も解いていいって指示があった。何百体いたのかわからないそれを3人だけで抑え込んだんだ。一旦休めって意味の方が強いかな。これから実は細胞が入り込んでました〜ってやつも出てくるだろうし。
「海美ちゃん、平気?」
「うん。大丈夫」
ベンチの隣に座って、ほっぺの擦り傷に絆創膏を貼る。目は特に問題無さそうだ。体の方は流石に帰ってから。柏木先生にちゃんと診てもらえば大丈夫。
優也は海美ちゃんの足元で足の切り傷に絆創膏を貼ったり包帯を巻いてる。
「痛くないか?」
「うん。へーき」
「ごめん」
「え?」
優也が海美ちゃんと目を合わせる。
「父さんだよな、こんなことしたの」
「ちが!くは、ないけど………」
「ごめん。怖かったな」
「……………」
「ごめん」
「……ほら、優也も無理しないの。お前だって無傷じゃないんだから。またburn up2回使ってその後あんなに動き回って。ちゃんと休みなさい」
重くなる空気を何とか払う。優也もベンチに座らせ、顔についた切り傷を消毒して、丁寧に絆創膏を貼っていく。
2人の家族の安否はわかった。わかったけど、あまりに残酷だ。
簡単にまとめると、ザセルがそれぞれの細胞から造った記憶はあるけど感情がない優也の父親と海美ちゃんのお姉ちゃんだ。別人格が芽生えた体と言ってもいい。
『海美のこと殺そうとしたことも、ぜーんぶ水に流して忘れて、仲良くしよ?』
あれは結局本当だったのか作り話なのか。想像するに記憶からその人物の感情を推測したんだろうが、それはつまり『そんな関係だと推測される記憶』があるってこと。本当に殺そうとしたかは定かじゃないが、海美ちゃんを嫌っていたような記憶から推測したのかもしれないことを考えると何ともコメントできない。
『サメジマの血』
……よくわからないが、何か海美ちゃんとお姉さんには因縁があるのかもしれない。海美ちゃんも知らないところで渦巻くドス黒い何かが。
でもどっちにしろ姉の姿と声であんなことを言われればショックに違いないよな。俺も姉貴がいるから、ほんの少しだけ痛みがわかる……ような気がする。
「違うよね」
「え……」
海美ちゃんが呟く。
「お姉ちゃんは、操られてるんだよね。言いたくないこと言わされてるんだよね。私のこと、嫌いになんて、そんな……そんなことないよね?」
「………」
声がどんどん震えて、ぼたりと涙が溢れた音がする。
何も言えなかった。無責任な希望がどれだけ傷つけてしまうかと臆病になった。
数分の沈黙を破ったのは、優也だった。
「ザセルを倒して、姉に直接聞けばいい」
「優也」
「ザセルを倒せば体を支配してる細胞が死んで、記憶に基づき感情や自我が戻るかもしれない。スカンク杉の時もスカンク杉が死んだら花粉細胞も死んだ。きっとザセルも同じはず」
「……そうだよね。そうだ、きっと」
「でも、これ以上2人の体で酷いことを言わせたり……人を殺させたりするようなら、その前に俺が殺す。そこは覚悟しとけ」
「あくまで教授とお姉さんのために優也は言ってるだけだから。まずはザセルを1番の狙いにしていこうね。まだ希望はある!」
「うん……うん!そうだよね!」
海美ちゃんは拳を握りしめて、涙を拭う。目が少し赤くなってしまったけど覚悟を持った大きな瞳で、ニコッと笑って見せてくれる。いつもいつも思うけど、強い子だ。
ヒュルルルル………ドンっ!!
「「「え!?」」」
なんだ!?なんの音!?
突然、ディスティニーランドの海の上に花火が上がる。ちょうど座っていたベンチも海に面していて、正面に大きく咲いた花はその鮮やかな色で俺たちを照らし出した。
「花火!?なんで!?」
「え、何事?」
「司令部に聞きます。……狛坂さん、聞こえます?」
『こちら狛坂。どうかした?』
「えっと……なんか、いきなり花火が上がったんですけど。ディスティニーランドの中で」
『こちら狛華。連絡が遅くなりすみません。自動で花火をあげる装置があるらしいんですが、その誤作動のようです。すぐに対応します』
自動で花火をあげる装置!?そんなのあるんだ。
「最近は何でも自動だねぇ。ね、狛華ちゃん。問題ないならこのまま見せてもらえない?」
「見たい見たい!今日を楽しい日で終わりたいな!」
『……そうですね。ではそのように対応しておきます。ゆっくり休んでください』
「ありがとう」
ドンっドンっと連続で上がっていく綺麗な花火。赤、青、黄色。三つが上がるとわぁっ!と海美ちゃんは楽しそうに目を光らせた。より近くで見ようとベンチから立ち上がって海を望む通路の柵に近づき、柵から身を乗り出している。
「海に反射してすごい綺麗!」
「通常のショーだと海にはショー用の船とかあるから見えないよねぇ。こんなの見れるの今だけだ」
「すごいすごい!綺麗だね、特等席だ!」
「ねー!ほら、優也もおいでよ」
振り返ってベンチに座ったままの優也に声をかける。すると優也は困った顔で右の横髪を両手で弄っていた。何してんだ?
「優也?」
「ごめん海美、これ、この髪、うまく直せなくて」
「え?あぁ朝やった横髪の編み込み?そんなのどうでも──」
言葉は途切れた。俺も一瞬だけ息を忘れる。俺たちの視線の先、大きな花火の光に照らされて気付いた。
優也の手が細かく震えている。
体調の問題じゃないだろう。顔色は悪くない。酷い怪我をしているわけでもない。ただずっと手が、腕が、体が震えている。
気づかなかった。だって、ザセルとの戦いの時も、オルガー達の焼却任務の時も、終わった後の事務的な仕事も海美ちゃんの傷を治してあげていた時もずっとずっとずっといつもの優也だったから。何もなかったみたいな、そんな振る舞いだったから。
でも違う。違うんだ。
父親が自分に隠れて自分の研究をしていた。
自分の細胞の研究が悪用されて、自分の細胞が発端となって大勢の人が死んだ。
ザセルの言ったことを鵜呑みにするつもりはないが何故あの時司令部は……長官は優也に耳を貸すなと命令したのか。それにその後ザセルの言ったことについてフォローもないあたり、
多分、事実なんだろう。
きっと優也もわかっている。
大好きな父親に裏切られたような酷い気分の中で、父親の体に殴りつけた拳がどれだけ痛むのか。
自分の細胞が発端になった事件で、一体どれだけの人を傷つけたと感じたのか。
今日やっと感じられた『楽しい』という感情を否定されて、何も言えなくなっていたじゃないか。
何で、何で気づいてやれなかったんだ。
「難しいな…なぁこれ、どうやって結ぶんだ」
あぁ、心も体も痛みに慣れすぎだ、俺たち。
「もう三つ編みでもいいか?てかこ──」
すると海美ちゃんが優也の手をやんわり止めさせ、優しく掴んだ。大きな瞳が優也の目を捉えて離さない。優也は少し驚いた顔をして、自分の震えを自覚したようだった。
ストン、とそのまま黙って海美ちゃんが優也の隣に座る。静かに、静かに優也の乱れた横髪をまるで傷口を優しく閉じるみたいに綺麗に編んでいく。誰も何も言わなかった。ただ花火の咲く音を、静かに聴いていた。
「はい。できた」
「ありがとう」
「花火、あっちで一緒に見よう?」
「うん」
手を繋いで立ち上がって、花火を見上げる2人。優也の震えが止まることは無いけど、海美ちゃんは強く優也の手を握りしめる。
俺に手を握る権利はないけど、優也を間にして肩を抱いた。
「初めて見ました。花火」
「そうなんだ。綺麗だろ」
「うん」
「また見にこよう?今度は1日遊び尽くそうね」
「うん」
ドンっ!!と一際大きな花が真っ暗な夜空に咲いて、絶え間なく遷移していく色とりどりの光が俺たちを照らし出す。もう1人で背負い込ませることのないように、本人が気付かない痛みだって気が付けるように、強く明るく照らしてくれる。
「みんなで見にこよう」
けれど今だけは
薄膜が張ったその瞳に、気付かないフリをした




