#8-13 コトラ事件の引き金
「ふ、ふふふふ、ふふ。流石は優也くん。モルモットとしても一級品というわけですか」
「はぁ?」
耳障りな言葉に気を取られ動きが止まる。なんだモルモットって。理解できず困惑する俺にザセルは気味悪く皮肉げに面白がった様子だ。
「いえ、哀れになるほど可哀想で従順な実験台のモルモットだと思ってしまって。ふふふ、失礼しました」
「俺を実験台?何の話だ」
「……?」
間に妙な空気が流れる。まるでお互い別の言語で話したせいで話が通じず、さらには噛み合わないような違和感が喉につっかえる
ザセルの上機嫌は消え、かわりに今度は困惑したような様子だ。しかしその困った様子はふふふ、と言う笑い声と共に移り変わっていき、何かを納得したのか先ほどまでよりさらに上機嫌となった。
「ふふふ、ふふふふふ……っあははは!!そうでしたかそういうことだったのですね!何も!!何もご存じないと!!」
なんだ?何の話だ?勝手に何かを納得された?ついていけない。焦りで動きだせない。俺が実験台のモルモット?情がうつった?全く身に覚えはない。あるとすれば的戸さんの話か?
『フレイム耳を貸すな!!焼却に専念しろ!!』
「長官?」
焦る俺に白夜長官からの怒号が響く。いつも作戦中の行動は俺に一任してるのに。何で?
重なる非常事態。何故か本能が聞いてはいけないと警鐘をならす。なんで?あんなやつの戯言聞いても意味ないことぐらい長官だってわかってるはず。どうしてわざわざ止めるんだ。なんでこんなに嫌な予感がするんだ?聞いてはいけないはずなのに拳は力を奪われて腕が静かに下げられる。
「聞きたいでしょう知りたいでしょう。いいのですよ、素直になって!ここまで私を追い詰めたのです。そのご褒美として教えて差し上げましょうか」
『ストーム!ネピアはいいすぐにザセルの口を塞げ!!』
「なん……!?ちょ、待って!?」
ストームはネピアと交戦中。すぐにこっちには来られない。海美はさっきから動けないし、俺も何故か体が動かない。知ってはいけないそれをどうしても知りたくて。ザセルの口元に視線が集中する。
開けてはいけない扉が開かれる。止める気は起きなかった。
「ご存じないようですからお教えしましょう。あの悲劇のコトラ事件の引き金となった変異細胞の主。それはまさに、」
ザセルの細く長い指が俺を指す。
「貴方ですよ?優也くん」
俺が……コトラ事件の引き金?
なんで?
『フレイム!!応答しろ!!!』
白夜長官の怒号が耳をつんざき遠くなりかけた意識が現実にもどる。そうだ。違う。違うだろ。俺が事件の引き金になった?なんだよそれ。そんなわけないだろ。嘘だ。俺を騙そうとしているだけだ。
「そんな嘘が」
「嘘?いえいえ、本当ですよ」
ニコニコと笑うザセルに吐き気がする。言わんとすることを察してしまった。違う。違う。違う。
「貴方はね、優也くん。特別な細胞を持って生まれた特別な存在だったんですよ。それはもう、お父様にとって研究をせずにはいられないほど」
「ちが、う。父さんは、俺のこと、大事に、」
「あくる日もあくる日も研究させられ、さぞお辛かったでしょう。ねぇ?」
否定したい。違う。そんなわけない。けれど思考は止まらない。頭の中でバラバラだったはずの点と点が予定調和のように繋がっていく。
何故幼い頃から俺はあの研究所によくいたのか?
何故あまり外で遊んだことがないのか?
何故父さんは俺に学校へ行かせなかったんだ?
全部全部、俺が何か変だったからじゃないか。普通じゃなかったんじゃないか?それこそ、生まれながらの特異生物だったってことじゃないか。
父さんに聞くのが申し訳なくて、何となく触れてこなかった疑問点がつながり一つの答えをなす。
頭を金槌で殴ったような衝撃がする。こんな理屈だけが通った嘘、信じなければいいのに。信じたくない、信じられる、わけ。
「それ以上に自分の細胞がそれはもうたーーくさんの人間を殺したなんて、耐えられませんよねぇ」
「え……」
「お父様が研究していた貴方の細胞、それを発端に全ては始まった。貴方の特殊な細胞が実験動物に組み込まれて特異生物は誕生したのです」
「そんな、ばかな、」
「生まれた特異生物は殺戮を繰り返した。地上はさぞ地獄の有様でしたねぇ!!」
「違う」
「今なおそれは続いている。あぁ、なんて悲しい話なのでしょう!あはは、ねぇ優也くん。今日はずいぶんと遊園地を楽しんでいたようですが───」
「違う、違う違う違う!!」
「───貴方に楽しむ権利って、ありますか?」
「あ……」
俺は、楽しいなんて感じちゃ、ダメなのか。
何も見えない。見えているはずなのに、認識を脳が拒む。
「優也!!しっかりしろ!!」
「優也!?」
2人の声で遠くなりつつあった意識が引き戻される。
ダメだ。ここで折れるな。折れるな。折れるな!!
無我夢中で隠していたシリンジを自分の体に突き立てる。
Burn up the mutation!
「ファイナルフレイムアタック!!!」
ネイチを飛び越えザセルに近づき2度目の爆発を起こす。相手からしてもそう簡単に逃げられないはずだ。まともにこんな爆発を2回も受ければきっと……!!
「ハァッハアッ……っ!!クソ!!」
少し離れた先にザセルが立っている。ミニドレスはボロボロに焼き爛れて、至る所の体は抉れているが致命傷が入っていない。
「自身すら焼き尽くす炎ですか……まだ低いですが、それでも充分な熱ですね。あの日恋焦がれたあの熱まで、もう少しですよ」
「はぁ!?っゲホッゲホッ」
「今日はここで失礼します。ネイチさんも重症なのでね」
「ここから逃すとでも?」
視線を横に動かすとストームがネピアの首ねっこを掴んで立っている。熊のような爪はボロボロになって、身体中の大きな切り傷からは血が絶え間なく滴っている。
「はぁ……ネピアさん」
「ごめんなさいいいい!!」
「まぁいいでしょう。貴方たちは私を逃すほかありませんから」
「何だと?」
するとザセルが残った左腕を前につきだす。その瞬間ゴゴゴゴ……と地面が揺れ始めた。な、何だ!?
「私は今日この遊園地を周って、この遊園地にある植物を全て変異させておきました。たった今、その全てをオルガー、オルガネル、オルガンに変身させます。そういえばこの遊園地にはまだ」
ふふふっと楽しげに笑った後、最悪の笑みを浮かべる
「たくさんの人間がいますね」
「まさか!?」
「あの日の再演です。丁度いい機会ですから優也くんもあの日のことを、自分の役割をよーく思い出してくださいね。」
「優也の……役割?」
「さぁ目覚めし我が眷属よ、人間を全て我が眷属へと変異させてしまいなさい!」
その瞬間、近くにあった植物が次々とオルガーわオルガネルに変異していき、出口の方へと走りだす。まずいまずいまずい!!出口どころか、まだどのパークエリアにも避難中の人間がまだいる!!
『フレイム!ストーム!ザセル達は一度後回しだ!!オルガーどもを焼却しろ!出口にはまだ大勢の客がいる!この人々が変異させられればコトラ事件のようになるぞ!!!』
「っ!!!」
フラッシュバックする10年前の記憶。誰も助けられない、あの地獄。
もう誰にも苦しんで欲しくない。第二の俺なんて作っちゃいけない!!
「ストームはなるべく広い範囲のところを一気にblow awayで!俺は細かい通路のを焼却します!」
「了解!」
ストームはネピアを地面に転がして、海美を抱えながら走っていった。俺もニヤニヤと笑うザセルを強く睨みつけながらその場を後にするしかない。少し離れた後でも、あいつの楽しげな声を嫌になるほど優秀な耳は逃さなかった。
「また会いましょう。私の愛おしき“ギフト”」




