#2-2 リンゴジュースとアンチヒーロー
「ヒーローの起源っつーのは、意外と昔の話」
パンッと乾いた銃声が響く。それに僅かに遅れてギィ……と遠くの的の倒れる音が続いた。
「さらに定義は深い。例えば変身すればヒーローとか、敵を倒せばヒーローとか、日常を守る父さんもヒーローなんて呼ばれるな」
後ろからとめどなく話しかけられる声にうんざりしたのか、手に持った拳銃に安全装置をかけて置き、振り返ってみれば不機嫌そうな顔。
「なんですか。訓練中です」
「まあまあ、どうせ特異生物に拳銃なんて効かないんだから。ちょっと付き合えよ」
そう笑ってみせると優也はため息をついて拳銃を元の場所に片付け射撃訓練場から出る。こうなれば俺のペースに乗っかるしかない。10年の付き合いもあればこういう時に俺が引かないことはわかっているんだろう。
射撃訓練場を出れば、綺麗に清掃された無機質な床と、どこに繋がってるのかよくわかっていない扉が両壁に一定間隔で並ぶ薄暗い廊下に出る。少しぶらつきながら話そうと歩き始めた。
顔が怖いぞ〜!という言葉と共に投げた優也の大好物を優也が慌てて受け取る。リンゴジュース。そう呟いた優也はまたこれかと恨めしそうに俺を見た。
「あの、さっきの話ですか?俺はそんな深い意味で言ってませんよ」
「ちょっと気になったんだよ。なーんで俺たちヒーローじゃねぇのかなって」
はぁ?とうざそうに顔を歪める優也にブーブーと文句を言うように口を尖らせて捲し立てる。
「だってさっきの話からしたら、俺たち変身してるし敵を倒してるし一般人の平和な日常守ってるじゃん?これのどこがヒーローじゃないっていうの」
「そんなくだらないことで俺の訓練辞めさせたんですか」
「だからほら、それ賄賂」
やられた、と半分諦め顔の優也は受け取ったリンゴパックジュースにストローで穴を開け、パックを潰す勢いで乱暴に吸う。昔から大好きなリンゴの甘酸っぱさが広がっていくのか、不機嫌な顔のままだけどおとなしくなった。
数秒後ぷは、と一息。美味しい?と聞けばあげませんよと返ってきた。いや取らない取らない。
廊下の壁沿いに設置されたなんとも言えない座り心地のベンチに座る。目の前には薄暗いこの廊下を無機質に照らす自動販売機。販売と言いつつ、このSCR内にあるものは全部無料だけど。またお前かとリンゴジュースの表示がコチラを見ていた。よ、さっきぶり。
ある程度飲んだリンゴジュースの成分表示が気になるのか、優也はリンゴジュースの側面に書かれた成分を読みながら呟く。案外今日は素直だな、なによりだよ。
「変身するだけでヒーローなら、敵の特異生物だって変身したらヒーローですね」
「それは変身じゃないだろ〜って、俺たちも人のこと言えないけど。……あれ?人じゃないからいいのか?」
「敵を倒せばヒーローなら、敵の特異生物だって俺たちを倒したらヒーローですよ」
「勝者が歴史を作るってか。いやいや、そんなことないね」
「人助けがヒーローなら、誰しもがヒーローじゃないですか。あまりに広義すぎます」
「んーまー言っちゃえばな」
「本物のヒーローなら10年前の事件だってきっと被害を最小限にしたはず」
へぇ、と驚いた。優也が過去の話をするのは珍しい。聞いたことがあるのは初めて会った頃と、優也が20になった時に初めて飲んだ酒で潰れた時だけ。要は、こいつの感情が大きく振れているときだ。
「10年前」
「10年前。そう、あの日」
日本の都内某所にある大きな研究施設。10年前の2月の寒い夜、そこでバイオハザードが起きた。
それは多くの犠牲者が出た凄惨な大事件として日本を、そして世界を震撼させた。
事件の発端は研究していた細胞が突然変異を起こし、その突然変異細胞を取り込んだ実験動物──今で言う特異生物が人間を襲ったことだった。
特異生物は特殊な力で人を襲い、噛み付きによって細胞を体内に侵入させる。その細胞は急速に増殖し、血管を通して脳や体全体に流れ人間の体を改造する。
襲われた人の多くはその負荷に耐えられずに死亡する。だが負荷に耐えた一部は新たな特異生物となりはて他の人を襲った。特異生物からなんとか逃げ延びたと思っても、実は変異細胞が体内に入り込んでいたというケースも多く被害が拡大することにもなった。
襲われた人間の顛末は、寄生されてしまえばもう終わり。幸か不幸か寄生された人は数分、長くても数時間で死亡してしまうため、政府は救う手立てもなく見殺しにする他なかった。
当時俺は22の特別研修員、優也はまだ10歳。優也は研究者の父親の連れ添いでその研究所にいて事件に巻き込まれた。
「あの事件の時、俺たちの特殊な細胞さえなければ死んでいたはずだった」
「だーけーど?俺たちは突然変異した細胞に耐性を持ってた。さらに特殊なお注射で特定の遺伝子を活性化させることによって姿を変え、特異生物に対抗する特殊な力を得た」
「政府は極秘に俺たちをSCR特殊戦闘部隊とし、特異生物に対抗し得る強力な駒として戦わせることにした」
「……確かにね。あの時は誰もが助けを求めるか弱い一般人だったかも」
「俺なんてまだ子供で、何もできなかった」
力が入ったのか優也の見つめるリンゴジュースがぺこっと音が鳴った。目を細め眉間に皺が寄っている。
「俺は絶望から逃げ出した、ただの弱虫です」
「んなこたねぇよ。今は戦ってるじゃん」
「……ヒーローって1番大きな括りでみれば、誰かを守り助ける人でしょ?そんな誰かを助けたいだの守りたいだの、よくやるような全体主義なんて持っちゃない」
「まぁ確かに、世間的に英雄とされるような存在ではないな。俺たちが暴れたところで誰かが笑顔になるわけでもないし、どちらかといえば恐怖を振りまく存在だし?」
「世間が思うような英雄にはなれない。それでも俺たちは」
隣に座る優也と目がピタリと合う。見慣れた深紅の瞳。優也はゆっくり息を吸って言葉を紡いだ。
「俺たちは大切な人の未来を取り戻す」
俺たちの戦う理由。絶対に揺るがない思い。
「まだ父さんの、研究所にいたはずの人間の死体は誰も見つかってない」
「そうだな。もう10年も経つのに」
あの事件でたくさんの人が亡くなり、さらに変異させられた死体の処理も国の悩める種だった。しかし不可解なことに、あの事件の研究所の人間の死体だけがなかった。
他の変身させられた人間の死体はたくさんあるのに、研究所内の人間の死体だけがないのだ。
「あれだけ捜索されて死体の1つ見つからないってことは」
「父さん達は連れ去られたんだ。真の首謀者に」
そう。考えられるのはバイオテロを企てた真の首謀者によって連れ去られたこと。もしかしたらまだ生きているのかもしれない。どこかでこの特異生物の手伝いをさせられていたり、研究させられていたりするのかも。つまり、
「特異生物を倒し続けていつかソイツに辿り着けるなら、皆を助けられるのかもしれない」
「失った未来も夢も取り戻せるのかもしれない」
生きているという脆い前提の上に立つその微かな望みだけを頼りに、今俺たちの心臓は動いている。
「英雄じゃなくたって、俺たちは戦うしかないんです」
「……ま、そんなとこだろうとは思ったけどね」
じゃあ聞くなと言いたげな顔で俺を睨んだあと、飲み干したリンゴジュースを潰して近くのゴミ箱へ放りカコンと軽い音がした。
ぐっと伸びをして立ち上がる。優也を見下ろせばむっとした不満顔で優也も立ち上がった。俺は182で確か優也は164。男にしちゃ小さいけど、小さい頃からの成長を見てるおかげでもうこんなになったんだなと感慨深くなってくる。
癖で頭をポンと撫でるとすごく嫌な顔で手を払われた。
「俺たちが戦う理由ぐらい忘れないでくださいよ」
「いやいやごめんごめん。ほら、大事なことほど忘れがちってさ」
「誰の名言ですかそれ」
「俺。イケメンだし」
「調子乗った大人ほど見苦しいものないですよ」
『至急至急!フレイム、ストーム、至急司令室へ!』
「!」「おっと」
一旦おしゃべりはお預け。優也と顔を合わせて頷き、司令室へと走り出した。




