#6-6 龍斗と光莉
「だーーー!!もういや!!」
「子供か」
ゴロンと床に寝転ぶ海美を見下ろしながら水を口に含む。1時間とすこし、訓練で合気道を教えていた。中々俺に勝てない海美がやけになって突っ込んできたのを軽くいなして地面に転がしたらこのザマだ。訓練の訓練はどこいったんだよ。
「休憩!!水欲しい!!」
「自分でとれよ………はい」
近くの新品のペットボトルを開けて手渡すと体を起こしてゴクゴク飲んでいく。見れば汗も結構かいてるし、確かに休憩入れた方が良さそうだ。
「ぷはっ!あーーいぎがえるーー」
「おっさんか」
「成人したてですけどー!?」
「……18か」
「そうだよ。今年でね!」
「じゃあまだ成人じゃねぇじゃん」
「あ」
まだ誕生日来てないから17でした。と顔にでる海美にクスッと笑いが漏れる。ほんと飽きない奴。
「うう、いつになったら私は優也を打ち倒せるんだろ……」
「今年中には頼みたいな」
「あ、意外と期限長めなのね」
「今日中って言ってもいいんだぞ」
無理だよぉ、とという情けない声と共にごろごろと転がる。この多目的室兼戦闘訓練室に2人しかいないとはいえだらけすぎだ。……そういえば、龍斗さん研究してんのかな
「龍斗さんに今日のご飯の時間聞いとかないと」
「ご飯?まだ14時だよ?」
「あの人、研究始めると集中しちゃってご飯の時間も研究するから。その前に先に時間決めといて言っておけば来る」
「あーね。煌湊さんのやつね」
何時ぐらいがいいかな。今日は実験の計画立てるぐらいだと思うし、そんな遅くなくてもいいだろ。18時か、19時かにいつも通り俺の部屋で。あんまり遅くなるようなら食堂でもいいかな、人少ないし。
悶々と考え込んでいると、じっと見つめられる視線に気付く。視線の主は上半身を起こした海美だった
「……なんだよ」
「あのさ、聞いてもいいかな。光莉さんのこと」
知りたい。そう大きな瞳が告げている。どこまでも真っ直ぐな視線だ。前に見たのと同じくらい揺らぐことのない強い意志を持った目。
「いいけど、何が知りたい」
「全部。龍斗さんとの関係とか」
「婚約者。龍斗さんと光莉さんは、結婚予定だった」
「あ、え、あの話は本当なの!?」
「え?………あぁそうだよ」
確かあの高校への潜入任務のとき、色々要らない設定をつけては種明かししたから、全部嘘だと思われてたのか。あの時婚約者の話は少しだけしたな、確か
「龍斗さんの同期で婚約者だ。別のラボだったらしいけどな」
「はぁ……へぇ……大人ってすごい」
「まぁな。俺も会ったことあるけど、すごい明るくて優しくて、とっても子供好きだったな。写真……あったかな」
「えっ!?見たい見たい!」
「部屋にあったら夕飯の時見せるよ。んで?次は何知りたい」
海美の表情が曇る。
「光莉さんってさ。もしかして」
「あぁ。亡くなった。あの事件で」
「そういえば龍斗さんもあの研究所にいたって。それじゃ光莉さんも?」
「そうだ。あの日、あの研究所に龍斗さんと居たらしい」
「そんな……」
目に見えて落ち込む海美。仕方ないけど、仕方ないなんて言えない。
すると海美は顔を顰める。
「あれ……?《亡くなった》の?他の研究者の人達は、死体がなくて《失踪》扱いって…」
「そうだ。《亡くなった》で正しい」
「え、なんで?」
むぐ、と唇を噛んでしまった。こう言う細かいところには過敏に気がつくな。これは言うべきなのか。知りたいと言うならお望み通り伝えるけど、子供にはいささかしんどい話じゃないか
「な、なんで?なんかまずいこと?」
「……血があったんだ」
「血?」
「龍斗さんと光莉さんが最後に別れたところがエレベーター前だったんだけど、光莉さんの血があったんだ。それも1,2滴じゃない。3L近い血がそこにはあった。エレベーター扉の外側と近くの壁を染め上げてたらしい」
「ひっ……!?」
「遺体こそ他の人と同じようになかったけど、例え連れ去られていたとして致死量以上の血が一気に抜かれてるんだ。生きているとは思えない」
「う……なんか、想像して気持ち悪くなってきちゃった」
「ご、ごめん。大丈夫か?」
あわてて背中をさする。やっぱり子供には辛い話だったか。少しすると悪かった顔色が少し良くなる
「そっか。龍斗さん、知ってるの?」
「知ってるよ。それで事件後結構荒れてたからな。それでもなお光莉さんの無事を信じてはいる」
「そうだよね、当たり前だよね」
事件後荒れていたのは聞いた話だ。それに俺自身が見聞きした話じゃないが、魂を抜かれた廃人のようだとも誰かが言っていた。
でも
「……信じてるつっても多分形だけ。本人はもうほとんど諦めてる」
「え?」
話が長くなりそうだ。端によけていた飲みかけのペットボトルを手にとり一口飲む。
「海美、事件の時の記憶ある?」
「ううん。小さい頃だったしショックが大きかったらしくて、何も覚えてない」
「俺も。小さかったし事件が起こってからの記憶はほとんど覚えてない。でも龍斗さんは違った。事件当時は22だからな」
もしかしたら、記憶がないことを悔やむよりも嫌なほど鮮明な記憶がこびりつく方がよっぽど苦しいのかもしれない。
手に持つペットボトルがパキ、と悲鳴をあげた。
「エレベーター前の血痕を最初に見つけたのは龍斗さんだ。生きてる望みはないことを本人が1番よくわかってる。遺体が見つかってない限り生きてるって信じたい気持ちはあるんだろうけど、心の奥じゃ多分信じてない」
前に酒を飲んだ時に指輪を切なげに眺める目。いつも光莉さんの話になるとどこか寂しそうな顔。いつも容赦なくイジっているはずなのに、普段のあの明るいおちゃらけ気分屋に一瞬でも陰が差すと、笑ってしまうぐらいに俺は何も言えなくなる。
「………それじゃ、何で龍斗さんは戦うんだろう」
大切な人はもういないのに。口にはしないけれど、途切れた先の海美の言葉が聞こえてくる。
俺が父さんとの再会を、海美は姉から真実を聞くことを原動力にしているなら、龍斗さんは何を原動力とするのだろう。
「詳しいことは俺もわからない。ただ、俺が聞いたのは、見つけたものがあるって」
「見つけたもの?見つけたいものじゃなくて?」
「あぁ。どういう意味かは俺もわからないけど、嬉しそうにそのためなら何だってやるねって」
「へぇ……」
その時軽く問い詰めてものらりくらりとかわされて結局分からずじまいだった。無理に聞くことでもないし、あまり追及はしなかった。




