#2-1 変身宣言メーデー
「いやだからなんなんですか『change my feature』って。普通に『変身』とかで良くないですか?てか先に承認とか取っておけばああいう恥ずかしいのいらないですよね。ああいうの小っ恥ずかしくて嫌なんですよ。そんな歳じゃないし!」
「優也、それ俺に効く」
「そうですよ、龍斗さんなんて32ですよ!?」
「優也、俺のこと嫌い?」
2月下旬某日──SCR本部内司令室にて
司令室は広く天井も高くて、緩い高低差のあるすり鉢状の音楽ホールのような作りになっている。さらにそこにはいくつものデスク。手元はデスクトップライトで照らされいるが、内装が黒で統一されていることもあって部屋全体自体は暗く感じた。
オペレーターの近くには所狭しと並べられた使い方の見当もつかないような機械類がずらり。その一つ一つの画面の中には文字がわけのわからない列を作り、オペレーターはそれを一目チラリと見ただけでものすごい速さで何かをタイピングして、またわけのわからない列ができていく。すごいなあれ、よくできるな。俺の涙目でもその凄さがよく伝わってくる。
部屋の1番前にある司令長官補佐兼メインオペレーターのデスク。近くの空いた椅子を引っ張って座り込み呑気にボケボケ考えている俺を気にすることもなく、優也は何度目かの直談判をメインオペレーターへしている。
左肩に大きい赤のタグと口元まで少し隠れるハイネック付き特製黒のミリタリージャケットにズボンとブーツ。いつもの眺めにいつものメーデー。元気だなぁ。
「狛坂〜暇、暇、ねぇなんか楽しいことない?」
「ありますよ。優也くんを宥めることです」
「うわ〜楽しそ〜狛坂譲るよ」
「いやいや龍斗さん遠慮なさらず」
「話聞いてます?狛坂さん」
うへぇ、とつい言いそうな苦い顔で狛坂は優也を見るとさらに優也がごちゃごちゃ捲し立てる。それをうん、とかそうだね、とか要領得ない返しでさらに悪化させ、最終的には優也が根負けして次回に繰り越す。いつもの流れだ
狛坂──狛坂智は司令長官の第一補佐であり俺たちのメインオペレーターであるSCR司令部の1人。すこしボサっとした無造作な髪型におっとりとした雰囲気。SCR司令部ジャンバーの上半分を開けたままで中のスーツのYシャツの皺が見えてしまっている。
本人ののんびりした雰囲気とは反対に、仕事は時間かけることはないのに丁寧で、要領が良く器用。もっと言えば適当にやることを適当に流しつつ、大事なことは丁寧に速く終わらせるのが上手い男だ。以前仕事を早く終わらせて長官に隠れて趣味の折り紙してた。俺が見つけたせいでバレてたけど。
俺たちが話していると、1人の女性が声をかけてくる。
「何のお話ですか?」
「お、狛華ちゃんもやる?優也の横髪のハネを直毛にしようの会」
「あんたの頭を爆発アフロにしてやってもいいんですよ」
「ふふふ、今日も楽しそうで」
「……楽しそうか?これ」
呆れる狛坂に対して狛華──狛華結奈ちゃんは花のようにふわりと笑う。この子も狛坂と同じSCR司令部のメインオペレーター。一つにまとめた長く綺麗な黒髪、ナチュラルだが気品を感じるメイク。パンツスーツの上から司令部専用のジャンバーを着ている。どこかのお嬢様か絵本の中のお姫様のようにお淑やかで所作は完璧、隙がない。それに最近入って来た新人ちゃんとは思えないほどテキパキと仕事をこなし、新人というのに司令長官補佐まで登り詰めている超期待の星というわけだ。
可愛らしくニコッと笑う彼女にヒラヒラと手を振りかえす。対して優也は彼女に対して半身だ。
「優也さん、何か困ったことでも?」
「……いや、別に」
「お力になれることが有ればいつでも」
「はぁ」
「お、狛華ちゃんが優勝か」
「流石ですね」
「何がですか?」
気まずいような顔をしたまま腕を組み俯いて黙り込む優也をやれやれと笑う。優也の人見知りが十分に発動したところで、狛坂があ、と声を漏らした。
「そろそろ仕事の時間だ」
「あら、もうそんな時間ですか」
失礼します。綺麗な一礼と共に狛華ちゃんは自分の席につく。
2人の仕事を邪魔しないよう外へ出ることにしよう。そう声をかけると優也は俯いたままだった。
「大丈夫?」
「な、何も問題ないですけど?」
「もうちょっと慣れような、狛華ちゃんに」
何の話かわかりませんね、と左手首を右手でぎゅうと握り込む優也にまだダメかぁと頭の中でぼやく。
優也は超がつくほどのコミュ障で初対面の人に対してスーパーウルトラ人見知りを発動するし慣れるまでかなりの時間を要する。さっきの通り、狛華ちゃんに緊張しっぱなしだ。でもま、狛坂が始め入って来た頃もそうだったけどもう今じゃ仲良いから狛華ちゃんもきっと大丈夫だろ、多分。
優也はぽりぽりと頭をかく。
「何か異様に視線を感じるんですよ。あの人、狛華さんからの」
「えぇ何優也、自意識過剰?」
「はっ倒しますよ」
「何を話している」
話していると広い司令室によく響くアルトの声。
うげ、とそちらを見るとコツコツと音を立てて歩いてくる女が1人。
「白夜長官、おはようございます」
「おつでーす、ちょうど優也の横ハネが落ち着いたとこっすよ」
「ハゲたくなければ黙ってもらっていいですか」
「くだらん話より戦闘訓練でもしたらどうだ」
そう吐き捨て俺たちの合間を通り過ぎ、前方の少し高い席──ちょうど狛坂狛華コンビ2人の間の真ん中の席──へ座る女性。長い黒髪に長い切れ目で眉間に皺が入った顔立ちにビシッとした黒のパンツスーツ。羽織っているSCR長官だけが着られる大きなジャケットにはいくつもの勲章がジャラジャラとついている。
SCR長官──白夜狼牙
正真正銘SCRのトップ。司令部の総指揮・監督はもちろん、SCRにある全ての部門の責任者でもある。正式な役職名はもっと長かったような気もするけど、めんどくさいからまとめて長官って呼ばれてる。
なんでもお固いお家出身のお堅い軍人様だそうで、特異生物に異常と言えるほどの憎しみをもっている。なぜか俺と優也のことまで目の敵のように見てくるいや〜な感じ。俺は嫌い。
「変身の宣言の件で話があって」
「またそれか」
ギロッと長官は優也を睨みつける。
「繰り返し言うが、変身の宣言をその場で言ってもらわないと人権問題になる。あれは戦闘状況下で変身の承諾をお前達にさせているんだ。あとで無理やり変身させられたなんて言わせないためのな」
「え俺たちってまだ人権あるんだ」
「龍斗さんは黙っててください。だったら前までの方法でいいじゃないですか。一個ずつ承認とるアレ」
「以前までは承認と許可をとる時間的な余裕があったからな。だが最近は活発な特異生物が多い。前回の戦闘でもそんな時間はなかっただろう」
「でも」
「そんなことに手間取って死にたければ私は全く構わないが、お前が死ぬとSCRにとっては大迷惑だ。部を弁えろ」
生きてても死んでも迷惑だ、ともとれる。その不快感が顔に出ていたのかさらに厳しい目つきで睨まれた。
「それにお前達は私に、国家に生かしてもらってることを忘れるな。お前ら2人は口答え出来る立場にない」
「………………」
「それと、その変身方法を決定し承認とったのは的戸だ。口答えがあるならまずあの奇人を説得してから来い」
最後のダメ押し。あの変人をなんとかするのはまず不可能だ。それをわかっての発言だけど、この人仮にもチームならちょっとでも仲良くして協力しようって考えはないのかな。
そう考えて、左手首に巻かれたmutator system──略してミューシスと呼ばれる腕輪を摩る。
ミューシスには変身のためのシリンジを入れるためのシリンジソケットが一つあって、普段は邪魔にならないように折りたたまれている。ボタンを一つ押せば折りたたまれているのが展開していく優れもの。
それに加えて連絡を取るための電子機械とかも入ってるけど、変身の次に重要視されている機能は──緊急安全装置だ。
俺たちは特異生物の扱いを受ける。外で暴れるような化け物と同じ区分だ。もし力を使って俺たちが無反をおこしたら?止められるやつはいないだろう。
その緊急時の安全対策として採用されたのが緊急安全装置という名の即時殺害システム。左手首のミューシスが司令部からの指示を受け心臓のチップへ信号を送って放電させることにより俺たちを殺害するシステムだ。
俺たちが生身でも変身後でも共通するのは『心臓が動いていること』。変身後は体の細胞が突然変異を起こし異形なる生物の能力を持つが、変身前後で心臓が止まれば死ぬことに変わりはない。
そこを突いて、もし仮に俺たちが変身の力を使ってお国に叛き暴れようものなら心臓を止めて殺せばいい、と言うわけだ。これがある限り俺たちはこいつらの言うことを聞くと思ってるんだろうな。いつでも殺せるペットとでも思ってる。
ミューシスを力任せに壊すことは可能だ。でも構造的異常を認めたその瞬間に心臓へのチップへ信号が飛ばされてジ・エンド。心臓のチップは自分じゃ取り除けないし、詳しい仕組みも解除方法もまるでわからない。まさに常に拳銃が心臓に突きつけられている状況。これじゃ下手に反抗なんてできない。
胸糞悪いよなぁ、でも今は反抗すべきじゃない。
そう優也の肩を優しく叩く。
「まーまー2人とも落ち着いて。それにかっこいいじゃんヒーローみたいでさ!ね?」
そんな俺の言葉を聞いているのか聞いていないのか、ずっと睨み合う長官と優也。基本優也は長官に従順なんだけど、こういう譲れない頑固なところでは正面切って衝突するからめんどくさい。相手したってどうせ聞きやしないから無駄なのになぁ。
あーあーやめようよーとうだうだしていると優也が呟く
「………じゃない」
「ん?」
「ヒーローじゃないです。俺たちは」
そう言い残して、優也がその場を早歩きで立ち去る。その表情は感情が抜け落ちたようで、優也と声をかけようとしたはずが言葉を飲み込んでしまった。代わりに肩を掴もうとした手は空を切る。
「だ、そうだ。お前も訓練に行ったらどうだ」
そう言って長官もモニターを操作し始める。話は終わり。残されたのは俺だけ。
左手首に巻かれたミューシスを摩る。
「ヒーローじゃない、ねぇ」
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#2 ヒーローじゃない
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