#5-3 君の虜
「あの!」
「うわっ!?」「きゃ!?」
ドアをバンッッと勢いよく押し開けて誰かが入ってくる。何だ何だ何だ!?振り返るとそこにいるのは長く綺麗に巻かれ、ハーフアップにまとめられた髪を乱した狛華ちゃん。普段の清楚で上品な彼女とは思えないぐらいすごく珍しく息を荒げている。どうしたんだ?
「あ、あの、すみません。このあたりで写真落ちていませんでしたか?」
「え?写真?」
「あ、それならこれのことですか?」
海美ちゃんが写真を狛華ちゃんに見せる。するとはわぁぁぁ!とこれまた普段の彼女からは想像がつかない甲高い声が漏れて、写真を持つ海美ちゃんの手に飛びついた。え、どうしたの?いつものお淑やかな狛華ちゃんらしくない。
驚いている俺たちなんて気にせず、写真を掲げて拝むように見ている。
「良かった、良かった!もうどこで落としちゃったのか泣きそうになってて、ありがとうございます!」
まさか、これ狛華ちゃんの持ち物だったのか。確かにメインオペレーターの彼女ならこれを手に入れるのは容易だろう。でも何で?
「これ、何で持ってるの?」
少し声が低くなってしまう。まさか、ね
けれど、そんな悪い予感に気を取られる俺なんて見えていないかのように海美ちゃんから写真を受け取り興奮した様子で狛華ちゃんが捲し立てる。
「いやだって!推しの目線写真ですよ!?かんわいい〜〜!!なかなかこっちみてくれることってなくて本当に珍しい一枚なんです!はぁ本当に見つけられて良かった!」
うんうんうん。うん?
「え……?」
「この日は少し寒い日だったのでいつもの赤ニット着てるんですよ。でもご本人の体温が高いからか腕まくっちゃってて筋肉が見えちゃってるんですよね!!!美味すぎ!!食わせて!!」
ん?何て?
「ちょ、ちょ、狛華ちゃん、落ち着いて?」
「それにこっちはですね」
そう言って狛華ちゃんは別の写真を取り出す。そこには適当な廊下のベンチで簡単な昼食を摂る優也と俺。ちなみに俺は若干見切れてるけど。これも監視カメラの映像か?
「あーんってサンドイッチ頬張る直前が見れちゃったんですよ!?もはや可愛すぎて食べたい!貴方を!!」
「こ、狛華さん!落ち着いて!落ち着いて!!」
流石にまずいと感じ取ったのか海美ちゃんが狛華ちゃんに抱きつき次から次へと写真を取り出そうとする狛華ちゃんを止める。それにハッとしたのか、先ほどまでの興奮した様子は一瞬にして息を潜め、普段の気品ある彼女の雰囲気に戻った。良かった……のか?
「あ……………」
興奮して赤くなっていた顔がどんどん青ざめていって忙しそうだ。正気を取り戻した狛華ちゃんと俺たちの間に絶妙な空気が流れる。てかその手に持ってるファイルは仕事用じゃないんかい!
「あ、あの、すみません……その」
「びっくりした……狛華さんは優也のことが好きなの?」
「ひゃん!?」
「ちょ、海美ちゃんストレートパンチ過ぎるって」
「あごめん」
何でもかんでも噛みつきすぎだよ流石に!
狛華ちゃんはいやいやいやいや!!と両手を頭をブンブン左右に振って否定する。うん。多分そういうんじゃないんだろうな。俺の人生経験が何かを察する。
「まっっっったくそんな気はありません!私はただ推しの顔と人生が好きなだけで……」
「推し?人生が好き?」
「あ、あの……2年前、このSCRに来てから色々と自分で調べたんです。その時、優也さんのことも調べていて…それで、優也さんの人生が好きになったんです」
「え、い、意味がわからないんだけど……」
「俺はなんか同じような人間知ってるから分からなくもないんだけど…」
困惑する俺たちにうーん、と狛華ちゃんが頭を悩ませながらも伝わるように話してくれる。
「その、優也さんの過酷な過去を抱えながら今を生き抜く姿に感銘を受けたんです。勇気を貰ったんです。そんな優也さんの姿がカッコよくて、素敵で……」
「好きに?」
「はならないですけど、単純に人として好きなんです。彼の姿を追うのがいつのまにか楽しくなっていって、まさに私の推しなんです」
「お、推し……」
所謂オタクってやつだ。俺は経験がないからわからないけど話には聞いたことあるし知り合いにもそういうのがいたし、海美ちゃんははぁーなるほどねぇと納得したような様子だ。今時、オタクに寛容な世間になったもんだ。
まぁとりあえず優也のことを嵌めようとかそういうのじゃなさそうだ。そうこっそりとほっと胸を下ろす。それよりも気になることが……
「推しのためならって、何でもできちゃうようなパワーをもらって、それで頑張ったら近くで助けられるようになって……って、業務にはもちろん差し支えありませんので!!ご心配なく!」
「それは今までの実績で分かってるよ。それは心配してない。それよりも……」
狛華ちゃんが持っているファイルを指差す。
「そっちの方がちょっとな。それさ、盗撮でしょ?」
「うっ」
「盗撮っていうか、監視カメラの映像切り抜きじゃない?大切にしてるならいいんじゃないの?」
「でも優也が不快に思いそうなことやるのはちょっとね。だから、それはやめよう」
「はい。本当にすみません……」
しおしおと背を曲げ本当に反省している様子だ。うん。わかってるよ。狛華ちゃんが優也をよく思っていなくて悪巧みしようって気はサラサラないことは。さっきだって無くしたとわかった瞬間にものすごい形相で探し回ってたくらいだし、大切にしているのもわかる。
悪いことに使おうってわけじゃないなら俺も歓迎したいくらいなんだけど、優也が知らないところで優也の嫌がりそうなことはやってほしくない。だから
「その代わり、優也に写真直接撮らせてもらおう!」
「はい…………はい!?」
「あ!いいねそれ!龍斗さんナイスアイデア!」
「いやいやいやでも優也さんがどう思うか!」
「優也には俺から頼むからさ、大丈夫。なんとか撮らせてもらうよ」
「私も優也と写真撮ってあげる!これで盗撮とかはしなくていいよね!」
解決〜!と狛華さんの手を取って笑う海美ちゃん。狛華さんは涙目でいいのかなぁと困惑半分驚き半分といった様子だ。当の本人がいない間に話を進めて悪いが、まぁいっか。優也はなんだかんだで優しいから。俺としても優也のことを良く思ってくれる人が多いと嬉しいし。
「あの、写真は本当にすみませんでした。以後絶対にしません。それと、優也さんには私のことを伝えないでいただけると嬉しいのですが……きっと身近にこんなのがいたら気持ち悪いでしょうし、私も恥ずかしいですし」
「大丈夫だよ!その代わり今度優也のいないところで優也の話聞かせてほしい〜面白そう!」
「!……はい!もちろん喜んで!」
ひとまず問題は解決かな?良かった良かった。あとは優也に察されないようにするだけ……だけど。
「そういえば優也は?どこいったの」
「司令室で狛坂さんと少しお話ししてます……あっ!もしかして聞こえる距離ですかね!?」
「いや、話してるなら耳だけに集中できないし、多分聞いてないと思うよ。聞こえる距離にはいるけど」
「よ、良かった………」
ほっと胸を撫で下ろす狛華ちゃん。多分聞こえていないだろう。司令室の中でさえ声は多いし、わざわざ聞こうとしない限りは。
すると海美ちゃんがなんか意外だなぁと言葉をこぼす。
「どうしたの?」
「ん?いや狛華さんってなんか綺麗で可愛くて完璧な女性!ってイメージだったから、こういうオタクっぽい面があるなんて意外だなって」
「お恥ずかしい限りで……」
「いやいや!私狛華さんのそういうとこ好きだよ!」
海美ちゃんが狛華ちゃんの手を取ってブンブンと振る。遠目に見れば仲のいい姉妹にも見えるし、ほんとすぐに仲良くなったなぁ。このオタク騒動を通してもっと仲良くなりそうだ。
そう。相手の一面だけじゃなく、いろんな顔を知ることでもっと仲良くなれることだってある。逆も然りだけど。
「見た目や噂だけで判断してちゃわからないようなことってたくさんある。分かったような気になって何も分かってないこともね」
「そうだよね。気をつけたいなぁ」
「何の話ですか?」
「!!」「!?」「お、優也。ナイスタイミング」
ブレイクスペースに戻ってきた優也が不思議そうに俺たちを見ている
「楽しい話してたんだよ。優也もおいで」
「悪いですけどこれから任務になります。準備して司令室来てください」
「え!?」「任務入ったのか」
さっき司令室で長話していたやつだろう。じゃあ早速行きますか。拳をぽきりと鳴らす
お茶のカップを片して隣の司令室へと向かう。すると部屋を出る手前で
「狛華さん」
「あっ、は、はい」
優也が振り返る。狛華ちゃんはさっきのことがあってか少し強張った表情だ
「今回の特異生物はグラフィックで色々確認してもらいたくて、詳しいことは後から狛坂さんから聞いてください」
「了解しました」
「いつもより大変になるかもしれないですけど、よろしくお願いします」
優也は狛華ちゃんに優しく笑いかける。彼女はグラフィック解析の専門家だ。別にこうしてお願いをしなくても仕事なのに、こうやって礼儀正しく頭を下げる。
……こういうとこは確かに俺も好き。
「はい!お任せください!」
迷いを振り切った活気付いた声。頬を少し赤くして、ハキハキと返した。よし、いこう!




