#4-4 目を逸らさない
「そうなんだね、知らなかったよ。お姉さんの話」
「私とお姉ちゃん、2人ともあの日たまたま孤虎研究所にいたんだよね」
食堂から特殊戦闘部の居住区域への帰り道。ここSCRに来てまだ1週間。思った10倍は広いこの本部の中では迷子になりそうだから龍斗さんと行動している。小さい頃の優也を思い出すなぁ、と龍斗さんが懐かしんでいた。
「私も色々世間に言われたの。何で私だけ生き残ったんだって。私がお姉ちゃんを殺したんじゃないかって」
「……救いようがないな」
「始めはもうすごい辛かったけど、今は平気。お父さんも、友達だって私の側に居てくれたから」
「良かった、それは良かったね」
龍斗さんの厳しい表情が一気にホッとしたような様子に変わる。本気で心配してくれたんだろう。
そう。私の側にはいつも支えてくれる人がいた。だから折れずにすんだんだ。
じゃあ優也は?あ、そっか。
「優也には、龍斗さんがついてたんだよね。龍斗さんがいたらさぞかし心強いだろうなぁ!」
「………」
「あれ?龍斗さん聞いてる?」
「聞いてるよ。そうかもね」
ふい、とそっぽを向かれてしまった。表情が見えない。あれ?まずいこと聞いちゃったかな?悪い空気を流そうと話を逸らす
「あのさ、私優也のこともっと知りたい。また無意識に優也の嫌なことしないようにさ。もちろん龍斗さんのことも!」
「……ふふ、やっぱいいね海美ちゃん。優也のことなら何でも聞いてよ。俺にわかることなら何でも答えるよ」
え、何でも!?思わずぴょんと跳ねる。それを見た龍斗さんはあはは!と笑う。まずいまずい。子供扱いされちゃう。
な、何にしようかな。やっぱりちょっと突っ込んだこと聞いてもいいのかな?それともやっぱり普段のご趣味から聞いた方がいいのかな。えーっと……
「教授と優也の話?聞きたいのは」
「えっ!何でわかるの!?」
「何となくわかるよ。俺の知ってることでも話そうか。何から話そうかな」
「じゃ、お父さんの話聞きたい!」
「うんいいね。優也はお母さんを早くに亡くしてて、教授と2人で暮らしてた。教授は仕事で忙しくてあまり優也の面倒を見てたわけじゃないらしいけど、大事にしてたって。優也を1人にするのは嫌だからって、わざわざ研究所に連れて来るぐらい。結構いたなぁそういえば」
「学校は?」
「それが聞いたことあるんだけど、小学校に行ってないってさ。教授に行かなくて良いって言われて学校行かずに研究所にずっといたんだって。学校行く代わりに家庭教師雇ってたってさ」
「そうなの!?なんか、珍しいというか……過保護?なの?」
「過保護なのかなぁ。ま、実際教授は変わった人だったしね」
「すごい知ってるね、龍斗さん」
「まぁね」
「そういえば優也から龍斗さんが元研究者って聞いたな」
「そーよ。6,7歳頃の優也にも会ったことがある。話したことなかったけどね」
「じゃあ龍斗さんも研究所にいたの?あの日」
「いたよ。いやまさか、3人揃ってあの日あの時の研究所にいたとはね。運命かな」
そうか。私たちSCR特殊戦闘部は全員あの研究所にいたのか。なんだか偶然に思えない何かにゾワりとした。みんなあそこにいて、あの事件があって今がある。
なんか、運命みたいな気がした。今までは恨むばっかりの運命だったけど、こうして二人に会えたのもあの事件があってのことだし、恨むばかりはできない......ような気がした。
龍斗さんは思いだすようにこめかみに指をあてている。
「孤虎教授とは何度か話したことあるけど、物腰柔らかで、でも研究にはどこまでもストイックに詰めるタイプだったな。普段はすごく優しいんだけど、研究のことになるとキツイこと言ってたり。俺は別の研究室だったけど」
「そうなんだ。厳しいとことかは優也っぽいね」
「ははっ確かに!あと髪型も似てるんだよあの横ハネ!」
「えっあれわざとじゃないんだ!?」
「そうそう。あれあそこだけ謎に癖っ毛でさ、何してもなんでか跳ねちゃうんだよな〜」
なんか変わった髪型だと思った!ケラケラと笑ってしまう。親からの遺伝ってすごいんだなぁ!
「そんで教授室に優也がよくいてね、その研究所の人たちが暇なときたまーに遊んでたらしいよ」
「へぇー仲良かった?」
「あぁ、人見知りだけど結構楽しくやってたって聞いたことある。特に光莉は──」
「……ヒカリ?」
すると龍斗さんが突然その場で立ち止まる。
慌てて止まって、固まった龍斗さんをじっと見つめた。え、どうしたんだろう。
龍斗さん自身が自分の言葉にびっくりしたみたいだ。そんなに変なこといったの?何でそんなに驚いているの?よくわからないなぁ。
「………」
「どうしたの?」
「ううん。何でもない。それでさ」
また隣を歩き始める。表情は驚き固まったものからすぐにいつもの柔らかな笑みに変わる。なんだ。なんでもなかったみたい。
「仲良くしてたんだけど、孤虎教授が来たらもう比べ物にならないくらいすっごく嬉しそうでさ、あーお父さん大好きなんだろうなって。それに教授も頬が緩みっぱなし!愛し愛されって感じだったね」
でも、と一拍あけて龍斗さんが切り出す。
「あの事件の日、優也と教授は喧嘩しちゃったんだって。理由は聞いてないけど些細なことで。仲直りもできず、教授…...優也の父親は事件で行方不明になってそのまま生き別れた」
「そうなんだ……」
「事件の後、目が覚めて父親が消えたことを聞いた時に、自分が悪い子だからって思ったらしい。それであの日からずっと、父親に謝りたいだけなんだ、優也は」
「謝りたい、だけ」
分かるよ。私も知りたいだけだから。お姉ちゃんが私をプールに突き飛ばした理由を、お姉ちゃんの心の内を。私を助けるためだったの?それとも本当に囮にしようとしたの?……殺そうとしたの?誰に聞いても真実はわからないし、聞かないと納得できない。
……そう考えると、一つ疑問が浮かんだ。
「優也は疑わなかったのかな。お父さんのこと」
「疑う?」
「だって、目が覚めてお父さんが事件を起こしましたって聞いたら、一回は疑ったりしちゃわない?私は、その……」
お姉ちゃんに殺されそうだったんじゃないかって。囮にされたんじゃないかって。その疑念がいつまで経っても消えないよ。
言葉尻が窄んだ。言えなかった。口から言葉にしてしまえばもう戻せないような気がして。
龍斗さんはそうだねぇ俺は優也じゃないからわからないけど、と笑ったあと、真面目な顔つきで前を見据える。
「一回も、一瞬たりとも疑ったことないと思うよ」
「なんで?」
「さぁね。でも誰になんと言われようと優也は譲らなかった。俺に言えるのはこれくらいかな」
龍斗さんの言葉で頭の中に疑問符が浮かぶ。どういうこと?
でもきっと優也も、喧嘩しちゃった大好きなお父さんに謝りたいだけなんだよね。それだけのために命を張れるくらい、大切な家族なんだよね
「よく分からないけどさ、大事なお父さんのこと悪く言われたらそりゃ怒るよね」
「……そうだね」
優也にとって大事な大事な家族。それもたった1人の家族だ。それなのに私は酷いことを言っちゃったんだ。だんだん心が俯いていく。ごめんねってちゃんと伝えたい。
「優也に謝りたい。私、すごく酷いこと言ったんだ。大事なお父さんのこと犯罪者呼ばわりしちゃって一生嫌われてもしょうがない……けど」
「大丈夫。謝ればちゃんと伝わる。ちゃんと聞いてくれるよ」
「まだちゃんと言えてないの。どうしよ、いつ言おう……てか聞いてくれるかな……」
「うん。聞いてると思う。現在進行形で」
「げ……ん?」
「本人の居ぬ間にずいぶん楽しそうな話ですね」
「きゃあっ!?」「よ、お疲れ様」
な、なななな、なんで!?
食堂からのんびり歩き始めて15分ほど。食堂を出てこの話を始めてから特殊戦闘部隊居住区に差し掛かったところで声がかかった。
居住域に入って1番手前にある特殊戦闘部の共有スペース。声の主、優也はそのカウンター席に座って私たちに背を向けてたから全然気が付かなかった。何、何で!?いやここにいるのは別に不思議じゃないけどさ!……あれ?いや、ちょっと、ちょっと待ってよ?え?
「優也……どこから聞いてた……?」
「海美が昔誹謗中傷を受けてた話から」
「ほぼ全部じゃん!!地獄耳!!」
「優也は耳がすこぶるいいからね。夜で他の人の声も少ないし声も響くし、聞いてるだろうなとは思ったよ」
はははと笑う龍斗さん。いや知ってたなら教えてよ!なんで言ってくれないの!
ゔ〜と唸りながら龍斗さんを睨みつけてもごめんね〜と笑顔でヒラヒラかわされるだけだ。すると優也が席を立って、私の前まで歩いてくる。う、う、気まずい…
「わ、私優也の跳ねた横髪も個性あっていいとおも」 「で?」 「へ?」
「何か言いたいらしいけど、聞き間違いだったか?」
「あ……」
優也の顔を見るとこちらを真っ直ぐに見つめている。深紅のその瞳に吸い込まれそうになる。
まっすぐに受け止めてくれる。この人なら、ちゃんと聞いてくれるんだ。ならちゃんと伝えたいよ、私の思ってること。
「あのね、私──」
『緊急集令!特殊戦闘部の3名は至急指令室へ急行せよ!』
「!」「!」「え、なに?」
耳につけた慣れないインカムから音声が流れる。すると優也と龍斗さんは目を合わせて小さく頷きどこかへ走りだす。ちょ、ちょっと、ちょっと待ってよ!どこ行くの!お、置いてかないでってば!?




