#3-3 生物の時間
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#3 シャーク・ガール
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そうだ。これは作戦なんだ。頭の中で何度目の言葉がよぎる。これは作戦。これは作戦。
4月某日──都内某所、斗或高校生物室
「今日から少しの間この学校でお世話になる嵐巻龍斗です。担当科目は生物。よろしくね。そこの優也は弟なんだけど、人見知りだからいろいろちょっかいかけてやってくれると嬉しいな」
「イケメン……!」
「イケメンお兄ちゃんキタコレ」
「顔良!?背高!?足長!?」
「女子ウルセェ」
「はい!先生は恋人いますか!?」
「婚約者がいるよ」
これは任務。こんな楽しそうに調子に乗ってる顔だけは良い男にイラつく必要は、
「「「「キャアアアアアアア!?!?」」」」
ないよな?
「喜ぶんだ……はい。じゃあ自己紹介はこんなところで、早速授業に入ろうか!」
手に持っていたペンがうっかり折れたところで予備のペンを持ち直し、ノートに板書を写す。いや別にキャーキャー言われて任務中にも関わらず調子乗ってそうなあの人にイラついてるわけじゃないし?別に。
ジャケットなしのスーツに上から白衣を着た龍斗さんがチョークを持ってカッカッと黒板に書いていく。10年間俺に勉強教えてるだけあって教えるのが上手い。そういや、白衣着てるの見るの久しぶりだな。
「じゃあ教科書の63ページ開いて〜今日は遺伝子についてやるよ」
「……あ」
しまった。
ここは生物室。自分の教室じゃない。鞄は教室に置いたまま。教科書はその中。
移動教室に慣れていなくて、ノートとペンがあればいいかと焦って来たのが仇になった。てか、生物室とか化学室とか、高校って移動教室多くね?まぁどうせ高校生物だしついていけるだろうからいいか。
クルクルと手持ち無沙汰にペンを回す。龍斗さん頑張ってるなぁ。生徒役はこのブレザーの制服着て適当に過ごしてれば大変なことなんてないし、結構役得だったかな。
「…ねぇ」
「え」
隣から声がかかる
「はいこれ。一緒に見よ?」
「あ、えと、あ、ありがとうございます」
暇そうにペンを回す俺を見かねたのか、隣に座っている女子生徒──鮫島さんだったかな──が教科書を俺と鮫島さんの間に置いてくれた。なんか気を遣わせたみたいで申し訳ない。
「いいのいいの。まだ初日じゃ何かと大変でしょ?困ったことあったら頼ってね」
「ありがとうございます」
「敬語じゃなくていいよタメだしさ。ね、優也って呼んでもいいかな。嵐巻先生と苗字一緒だし、なんだか呼びづらくて」
「大丈夫。いろいろ配慮してくれてありがとう鮫島さん」
「海美でいいよ。苗字で呼ばれるの好きじゃないし。泳ぐ海に美しいを付けて海美ね。よろしく」
ニコッと明るく笑う鮫島さん……じゃなくて海美。短めのサラサラとしたボブヘアに可愛くデフォルメされた黄色い魚のヘアピン。吸い込まれそうなほど大きくまるっとした瞳に加え、素人の俺でもわかるほどのスタイルの良さが女子制服のブレザーで際立っている。
なるほど。こんなに見た目がいいから今目の前の男子たちは睨んできているわけだ。
生物室の机は実験台を机代わりにしており、4人1組で使っている。一辺に2人で合計4人。俺の隣は海美だけど、正面には男子2人が座っているから嫌な視線が刺さった。あぁ、帰りてぇ。
「……てことで、じゃあこの部分を答えてもらおうかな〜この人に!」
ふと前から聞こえてくる楽しげな声に耳が傾く。見れば適当な箱の中に手を突っ込みクジを引いているみたいだ。ああいうの嫌がる生徒多そうだけどと思いながら周りを見ると、女子は自分が選ばれるのを心待ちにしている様子だ。あの人、外だとこんなモテるのか。見た目がいいのは知ってたけどこんなに?SCRの中にいたんじゃ分からなかったな。
「じゃん!今日はこの人出席番号42番!……って優也じゃん!」
「……は?」
「いや〜馴染めてる?ちゃんとついて来れてるかチェックだ。さぁこの部分、何が入る?」
すると一気に兄弟勝負だ!と面白がる声で教室が騒がしくなる。あの人兄弟設定忘れてないか?変に目立つことしないで欲しいんだけど!?
「優也大丈夫?これ前回の内容も入ってるし……私が代わりに答えようか?」
「いや、大丈夫。……タンパク質の検出、ウエスタンブロッティング」
「お、正解!やるな〜」
ニコニコと手を叩く龍斗さん。がやがや騒ぐ周りがほどほどに落ち着くと、そのまま授業が続いていく。
「よくわかったね……あれ結構意地悪な質問だったのに」
「まぁ、うん。なんか知ってた」
SCRに入ってからだけど。
「すごいね。もしかして元々いた高校って頭いいの?」
「そこそこだよ……そこそこ」
俺勉強あの人から教えてもらってるからだけど。




