ペストのはこびる世界で俺(と同僚)だけが感染しない
前略。
中世に転生しました。
ロマンなんてものは微塵もない、
血と糞尿に支配されたクソ時代です。比喩ではありません。
そのうえペストがはこびっています。
(まあ、悪いとこしかないというわけではないのですが抗生物質が存在しない時点で俺は無理です。)
でも無双してやります。
なぜかって?それは医学生という前世でもラテン語話者だからでも歴史オタクでもなく、
ペストに免疫があるからです。
俺は逃げていた。
何に?ペストにではない。それは克服した。抗体が守ってくれているから。
俺が逃げているのは優秀(中世基準)な同僚からだ。
名をフリードリヒ・フォン・ビンゲンと言う。(瀉血ばかりしたがるからこっそり瀉血くんと呼ばせてもらっているが)
【今すぐ墓地を買うんだな!そして地面を掘っておけ!なあに、すぐに使えるようにしてやる!】
ご覧の通りブチギレている。キレすぎて母語(ドイツ語)が出ている。
彼は俺なんかの成り上がり(俺の見るからに農民なブラントという姓と「フォン」の不釣り合いさを見るがいい!)のインチキ貴族とは違い真正の名家の出である彼はプライドが高いのだ。
そう、ヤツの名誉を汚してしまったのだ。
名誉とはなにか?
そう、服である。うっかり、例の「生命の水(消毒液)」で脱色してしまった。
服ごときで怒るなど狭量だと思うこと無かれ。
中世貴族の服は高級品である。一点ものかつ、繊細なのだ。アホみたいに高価なのだ。
故に、服をよごすことは現代風にいうと「財産権の侵害」に当たるほどの大罪である。
どうせ服でしょ?心狭いな。と思った貴君は「マイホームを木っ端微塵にされた程度で怒るな」と言っているようなものだ。
【逃げるなこの悪魔の手先!これ以上逃げるようなら馬上槍試合を申し込んでやる!虫に脳髄を食われる前に止まるんだなアホンダラ!!】
ああ、どうしてこうなったのだろう。
数時間前。
【...ブラント様?】
目を白黒させている公の配下を無視して俺は死体の前に立つ。
「...ぅ....」
思わず顔を顰める。眼下には今流行りの(不謹慎!)のペストで野垂れ死んだ公爵の屍。
既に棺に入った公はペスト特有の横痃が自壊して、膿と腐敗臭が充満している。
比喩ではなく、細菌の増殖炉である。
無理、やっぱり無理! さっきのセリフ撤回していいかな!?
嘘つき?だって?免疫があっても臭いもんは臭いし、グロいもんはグロいんだよ!!
「いかがせん?」
フランス語で問いかけてくる使用人。
現代人なら「焼けば解決」と考える。がここは1400年。
「焼却一択だろ!」と言いかけて口を噤む。
あ、これ言うと俺が火刑に処されるやつだ。冷や汗。
当時、キリスト教圏で「火葬」は復活の教義に反する禁忌である。
さすがに葬儀はなしというのは納得してくれるだろう。が、そうしよう。火葬がだめなら・・・石灰か。
俺は一つ詭弁を使わせてもらうことにした。
『……いいか、公の尊厳を守るためだ。石灰を、山ほど持ってこい。隙間なく敷き詰めるんだ。これは、えーと……瘴気を吸ってくれるんだ』
そういうと納得してくれたようで、すぐさま大量に運ばれてくる石灰。
武器(黒板消しを叩くあれの悪質バージョンだ)、建材と用途多数なのでストックはいっぱいある。
が、撒く寸前にまずいことに気がついた。
じゅっ・・・と嫌な音がして煙が立ち、膿と石灰が反応するという地獄絵図。
悍ましい光景を思い、大声で叫ぶ
【辞めだ、辞めだ!石灰はナシ!!】
誰でもわかるようにドイツ語で怒鳴り散らす。これで俺が独語も若干は使えることがバレてしまったが地獄絵図よりはマシというものだ。
ワインを・・・いや糖分が細菌の温床になるな。
そうだ、あれを使おう。亡き別の大公に使おうとおもって御蔵入りになったアレ。
あの時よりも増産したのでギリ死体を消毒しきれる。
『待っていろ!すぐ戻る!!』
【???】←ラテン語を解せない使用人たちの疑問符
俺は自室へと走る。
【なんだ、これは?】
『...これは、まあ一種の聖水だと思ってくれ。瘴気を浄化する水だと。』
そういってためらいなくかけていく。
遅れてやってきたビンゲンが顔をしかめる。
『ブラント、お前……死体に酒を浴びせて何をしている!?』
まあバレたか。使用人は酒とは無縁だが、こいつは飲み慣れているからな。
『酒は瘴気を消すんだ』
俺は満面の笑みで微笑む。
【おい...お前脳を悪魔に喰われたのか?】
は?
どうもよそ見した結果、瀉血くんに跳ねたようだ。
手、そして服。
高濃度なので当然手が荒れる。
更にまずいのは服にかかってしまったことだ。
高濃度なので、脱色される。
ようはご自慢の貴族服をダメにしたということだ。
【いい加減にしろこのポンコツ!!!大根の下に埋めてやるぞアホが!!!】
ひいいいい!!!!
【バカブラント...貴様の四肢を肥やしとして大地にばらまいてやろうか?】
こうして今に至る。
そう、当時の染料なんて杜撰なので簡単に脱色されてしまうのだ。
そこに高濃度アルコールなんかをぶち込んだもんだからまあ当時ならありえないレベルで漂白されるわけで。修正?できっこない。その服はもう使えないとも。
要は高級車をぶっ壊したようなもんだ。
これは、瀉血くんの気持ちが落ち着くまで逃げ回るしかなさそうだ。




