留年医学生は中世なら医神です~おい、クソ時代め(not比喩)!瀉血なんてまっぴらなんだよ!~ I
前略。中世に転生しました。でも漫画とは違います。ガチのやつです。
血と糞尿と悪臭にまみれた比喩抜きのクソ時代の方です。
(まあいい部分もゼロ(って概念もまだない)ではないですが文明的なトイレがない時点で俺は無理です)
だけど無双してやります。なぜって?俺は落ちこぼれ医学生で歴オタだから。
I
俺は、医学部に入ったはいいものの、毎年留年ギリギリの落ちこぼれ医学生だ。
試験は赤点ばかり、未だに右心室と左心室がごっちゃで、臨床実習では指導医に「君、医者に向いてないね」とまで言われた。それ、アカハラじゃないですか?とは言えない。だって事実だから。
要するに、自主退学orヤブ医者まっしぐら。
さすがにまずいと徹夜で勉強したら強烈な頭痛に襲われてそのまま気を失った。
睡眠不足は不調の元って教授が言っていたことを思い出すのは少し手遅れだった。
エコノミークラス症候群という単語が頭をよぎるときにはもうどうしようもなかった。
そんな俺が目を覚ましたら、俺は籠をもって突っ立っていた。
『おい、早く。』
ん?ラテン語?
眼の前で急かすのは中学の美術の授業で見たような、装飾過多な服の女の人。
それにカゴいっぱいのヒル。あの化物。カとナメクジとシャクトリムシとガの悪いところだけ組み合わせたような悪魔。こいつに血を吸われるとなかなか止まらないし、痛いし、そしてこいつ、踏み潰そうが叩き潰そうが死なない。火で炙ってやっと死ぬ。それがカゴいっぱい。地獄。
「 」
視界がブラックアウトする。迷走神経緊張症かな、これ。
☆
柔らかい。これはベッドか。
『医者が倒れてどうすんだよ。』
いや、俺まだ試験に受かってない。医学生だよ。
『は?何いってんだ?まあ瀉血が効いたみたいだな。』
瀉血?何いってんの?中世かよ。
そう思いながらも俺は目を開ける。
「…」
眼の前には装飾過多な男性。それこそ中世の肖像画を実写化して逆盛りした感じ。ザ・ゲルマンって感じの金髪碧眼。顔立ちはわりと左右対称で悪くないが、疱痕のせいで醜悪に見える。
そして俺の腕はぱっくり切られていて血がだらだらと流れて、横でスタンバってるタライに流れ込んでいる。
マジ・・・ですか?
『あのさ、バカみたいな質問するけど今何年?』
『ちょうど1350年だけど。お前、大丈夫か?』
『いや、確認のために聞いただけだよ!
まさか、俺が、神聖な、に、あー50年、に1回の年を忘れるわけが、ないだろ!?!?』
はーヤバイヤバイ。聖年なのに今年がいつか覚えてないとか教会の怖い人に目つけられるじゃねーか。
異端審問、ダメ、ゼッタイ。
でもこれがマジだとしたら結構やばい。
『あー助けてくれてありがとう。もう大丈夫だから。』
『いや・・・でももうちょっと抜いたほうが・・・』
心配そうに言うそいつを押し切って追い出した。
周囲に誰もいないことを確認してから、俺は呟く。
「ガチで1350年に来ちゃったのか?」
当然、止血しながらである。
ちなみにやつの置いていった包帯というかボロ布は汚いことこの上ないので己の手で圧迫している。
俺が重度の精神疾患でなければ、ここは中世で、さっきの装飾過多な男女はそれぞれ患者と医者ー理髪外科医にしては良い服を着ていたから実務も担う系の侍医か宮廷付き医師といったところか?
そして俺はその医者の同僚かなんかなのだろう。
「だとしたらあれはヒル瀉血で・・・」
俺はさっきのおぞましい光景を思い出して胃酸が逆流しそうになった。
危ない危ない。俺はヒルが大の苦手なのだ。あれは、バケモノだ。
「ヒル瀉血は女子供のするもの」という訳のわからない当時の思想に救われた。
もし、俺の気付けに施されたのがヒル瀉血ならもう一度卒倒していただろうから。
中世ヨーロッパでは「ヒルに血を吸わせるなんて臆病者」「男なら刃物でざっくり」と宣われていたらしいが、俺にはヒルのほうがずっと悍ましい。
もっとも「刃物による瀉血」も心地良いものではないが。
絶対刃物は細菌と汚泥に彩られている。考えただけで鳥肌モノだ。
まあ、1350年なら諸説あるけど梅毒を始めとする新大陸系の感染症はまだ持ち込まれていないので刃物による血液感染の恐れがない点は安心できるのだが。
が、消毒するに越したことはないだろう。この時代には抗生物質なんてないし、自作できるような代物ではないのだから。
『おーい、ワインをくれ。』
下戸の中の下戸であった前世(?)でなら絶対に言わなかったであろう言葉を俺は口にした。
「痛い、死ぬ。死ねる。あ``っー」
俺は絶叫しながら傷口にワインをかけた。「傷口に塩を塗り込む」なんていうけれど「傷口にワイン」の方が絶対に痛い。燃えたぎる針で刺されているような痛みに思わず涙まで出る。
糖分も多いし本当は消毒に不向きなのだ。しかしほぼエタノールの希釈液みたいな蒸留系の安酒やら消毒液やら清潔な水やらが手に入る時代ではないので仕方あるまい。
ちなみに、手は窓から出して、ワインはそのまま下に垂れ流した。城塞の壁に赤黒い水滴が這う。
マナーが悪い、だって?糞便を窓から投げ捨てている世界なのだから誰も咎めない。いや、咎めてくれない。
まあ、今後一切外傷を負わないとは思えないし、自分で蒸留して備えておくか。この時代の蒸留酒は高いから自分で作るほうが安上がりだ。それぐらいなら自分でもできそうだし。
II
『おい、騒がしいぞ』
さっきの瀉血野郎だ。
すみませんね。やっぱりワインでの清めは痛くって。
『いいことじゃないか』
悪びれもなく、素で笑う。
あ、そうだったわ。「痛みこそ正義」なんだわ。ここのパラダイムは。
痛ければ痛いほど効果が高いみたいなゴミみたいな思想に侵されてやがる。
そうだ、蒸留するんだ!話を逸らすのにもちょうどいい。
『あーちょっとフラスコお借りできませんか。あと各種ガラス器具も』
『錬金術でもやるのか?まあ、俺も時たまやるが・・・』
まあそんなとこかな?場合によっては金よりも価値がある。
★
『どうぞ。あと、これは貴公の実験の一助になればと思って俺からの贈与だ。』
そういって追加で手渡されたのは銀色の液体。そして重い。まさか。
『騒がしい銀ってところじゃないですか?』
『なぜそのようなことを聞くのだ?それ以外に何だいうのだ?』
水銀中毒なんてまっぴらだ。ゴム手袋も貫通したって話があるぐらいだからな。
『悪いが俺は水銀は使わんのだ。ちょっと趣向を変えてみようと思ってね。』
メルクリウスと一生を共にするのは御免だ。
『そうか、だとしても持っておくべきだろう?薬にもなる、軟膏にもなる。我々医者の必需品だろうが』
放っておいてくれ!俺は水銀に変わる秘薬を求めているんだ!
★
俺は家(といっても宮廷内、瀉血男にそれとなく聞き出しておいた。俺は予想通り宮廷付き医師であった)に逃げ帰るとため息をついた。
はーラテン語使うの疲れた・・・
かつての厨二病と重度の歴史オタクが相まってラテン語を独学でマスターしてしまったとはいえやはり母語ではないので疲れる。
そう思いながら蒸留器を組み立てる。高校の化学の教科書のおぼろげな記憶をもとに組み立てるから結構時間がかかった。
あ、トイレトイレ。緊張が解けたことで副交感神経が優位になり排尿が促進されるのだ、なんつって。
まてよ、この時代に偉大なる文明の利器トイレ様はいらっしゃらない。
道に投げ捨てる?絶対嫌だ。21世紀人としての矜持が許さない。
どうせだし、「早すぎたブラントごっこ」として煮詰めてリンでも取り出すか?200年時代を先取りしてやる。現代人の俺は多分当時よりリン豊富だろうし。
いやいや。頭を振る。俺は賢者の石の発見者になりたいわけじゃねえ!
トイレだ、トイレ。水洗トイレってあるところには古代からあったらしいし、頑張れば作れるだろう。
しかし、急には作れまい。
急を要する今は蛮族スタイルしかない。・・嗚呼、21世紀人の誇りは何処へ。
(そういえば神聖ローマ帝国には杜撰とはいえトイレがあったことを思い出して多少気が楽になった。良かったよ、フランスに転生しなくて。)
★
『ヴィルヘルム・フォン・ブラント様?』
扉の向こうから声がする。
マジで俺ブラントなのかよ。ファーストネームはヘニングではなかったけれど。
フォンってことは貴族だろ?(まあ宮廷付きの医師って時点で察しは付いていただろうけど。)まあ、割と勝ち組ってことでいいのだろうか。
あちゃー、多分そうだろうと思っていたけどドイツ系か。ドイツ語はロクに知らないんだよな。まあ当時の神聖ローマ帝国ならラテン語とフランス語が話せれば生きていけるんだけどさ。
『はい?』
『お食事とお水をお持ちしました』
きた。バイオテロ。
『ありがとう。』
みるのも悍ましい。透明な悪魔め。
ん?なんでワインやビールじゃないんだ?この時代の飲料といえば酒・・・
『ワインはお嫌いでしたでしょ?』
怪訝そうな顔の使用人。ちなみにこいつも痘顔(中世なので当然)。
来世でも下戸なのかよ、俺。
いや、欧米人はアルコール分解酵素が豊富なはずだ。さては、清貧過激派だな。
『いいや、前までの俺が間違っていた。次からはワインで頼むよ。』
よく今まで死ななかったな、俺。
沸かしてアルコール飛ばして飲もうっと。もったいないけど。
まあ中世でも煮たワインは薬用として飲まれていたらしいから完全に変ではないだろう。
III
『おはようございます。お食事をお持ちしました。ご希望に沿って今後はワインになります。』
満面の笑みの使用人。ちなみに昨日とは別人。はやいな、情報伝達。
『ああ、ありがとう。』
そうは言いながらも俺は内心乗り気ではなかった。
このライ麦パンというやつ、美味しくないのだ。それに、ぶっちゃけ病気になりかねない。
白パンは高級品で、まあ貴族である俺は望めば食えるのだろうがライ麦パンということは、どうも(前世の記憶を持つ前の)かつての俺は清貧に生きるタイプだったようだ。急に白パンを望みだしたら怪しまれるので耐えるしかない。麦角中毒にならないといいのだが。
なぜかつての俺はこうもわざわざ病をもたらしかねない方向に走るのだ?
★
『おい、ブラント、皇妃の瀉血のお時間だ。昨日みたいにぶっ倒れたりするなよ』
瀉血くん(フリードリヒ・フォン・ビンゲンというらしい)がやってきてそう言った。
なんだって!まあそりゃ瀉血は当時のルーティンみたいなもんだけどさ。
『私は瀉血に反対なのです』
『ほう?』
悪霊でも憑いたのか、という目で見てくる。
『第一、そのような汚らわしい仕事は我らの仕事ではありません。』
そう、当時瀉血等の汚れ仕事は庶民の役目。
まあ侍医も全く持ってやらない訳ではないが、拒否する権限はある。
・・・クソみたいな身分制も、利用できるなら利用させてもらう。
『は?』
バカか、という目で見てくる。そしてその目は悲哀に満ちていた。
青い目が黒くなる。要は瞳孔が見開かれる。
『もう雇えないから、そうしてるんだろ。俺達がやるしかないんだ。』
なんだよ、21世紀でもないのに人手不足かよ。少子化でもあるまいに。
『おい、そこの二人!のんびり話してるな!すぐ来い皇帝お気に入りの大公が馬上槍試合で重症を!』
...なんで中世人ってわざわざ怪我しに行くんだろ?自傷行為かよ。
★
『すぐに瀉血を!大公は弱られてるかもしれないから念の為ヒルも!』
ビンゲンがどなる。火に油を注ぐ気か?
まあこれはこいつに限った話じゃないんだろうけど。時代が悪い
『あーごめん。ナイフ錬金術で使ってうっかり酸で焼いちゃって使い物にならないわ』
俺は無能なフリをした。まあ当時なら医療器具を別用途に使いまわしも普通にあるのでミスはミスでもありえないミスではなかろう。
『なんてことだ!焼きごてを用意しろ、焼いて傷口を塞ぐんだ!』
病気でもないのに悪寒がする。
あーそう来たか。痛みを与えて細胞を壊死させた上で消えない傷を作ろうとするんだな。
こいつは、というかこの時代はクズか。
『焼きごては貴公のものの方がいいだろう!?私が先に行くから探しておいてくれビンゲン!』
やきごてに優劣があるかどうかなんて知りえなかったが(多分ない)、これで時間は稼げる。
俺は昨日作ったばかりの生命の水ー俺が俺のために作った消毒液ーを手に取ると伝令の指す大公への居場所へと急いだ。
俺は、無双できるかもしれない。




