二人合わせて田中太郎
二人の名前を合わせると、田中太郎になる。田中太郎というのは市役所の見本みたいだ。そう太郎は主張した。それはダサい、と説いてみた。大福片手の教室、酷く排他的な声。
太郎は人間嫌いだ。自分も人間である事実を視界から遠ざけている。
そのくせ、彼の描く絵は人間ばかりなのだった。キュートでアニメテイストなデジタル少女を人間とカウントするかどうかは人によるだろうが、二世代前のタブレットを使って描く太郎の絵は、専門学校の中では評価されていた。
瞳の輝くアニメガールは芸術なのか。そんな疑問は太郎の背にくっついて離れないが、とにかく太郎は芸術が好きだった。それしか自分にはない、ただその言葉を抱いて生きていた。
太郎は突発的な野心と芸術を内包している若者だ。職業診断をすると毎回芸術家を勧められる、そんな人間だった。
「でも、俺はタナカ・リンで、リンというのは麒麟の麟だ」
向かって右の口角の上がった写真。田中麟は、太郎に学生証を突きつけた。それを見つめる瞳孔は無関心を外に放出している。
「そして君はオートリ・タロー君だよ?」
太郎はひらひら鬱陶しい学生証を見つめている。手入れのされた金髪は茶色に近くて、教室の騒は太郎の世への嫌悪を掻き立て、麟は笑っている。
オートリ、は鳳と書くし、太郎はありふれた太郎だ。
「さっきも言っただろ、二人の漢字を合わせたら、麒麟と鳳凰!」
麟が興奮気味に言う。残された田中太郎の気持ちを考えていないのか、彼はいかに麒麟と鳳凰という対となる存在が華美で、雄大で、それでいて素晴らしいか騒ぐ。太郎には周囲の目が刺さるが、教室の若人どもは呑気にも気に留めていないのである。
太郎の感じている周囲の目というのは所詮自傷で他害なのであった。他人を悪者にしている、そういう形の他害。
麟の騒ぎ方は品と気遣いがあった。鳳凰、という言葉が太郎をくすぐる。
鳳太郎、それがひねくれヤングの名前なのであった。
「すげーどうでもいい。麒麟とか鳳凰とか、何それ中国のヤツ?」
「どうでもよかないよ、すごいことじゃないか。麒麟と鳳凰のおかげで俺は太郎君と話してみたくなったんだよ」
「俺は喋るの嫌い」
太郎の投げた言葉に麟はただ、そっか、と返すのであった。
机の上のノートにはクロッキー。それが窓から来訪してきた秋風によってページをめくられる、そんな程度の時間二人は沈黙する。
「なあ、せっかく今日こうして話せたんだし、友達になろうよ」
「……うん」
今にも溢れそうな『お前が無理矢理話しかけてきたんだろ』や、『そもそも、俺に拒否権なんてねーじゃん』という、恨ましさに似た投げやりな言葉を飲み込んで返事をした。
飲み込んだ言葉は不味くも美味くもないが、体に悪い気がする。まあ、おかげで麟は歓喜しているのであった。
太郎は人の喜ぶ顔で喜ぶような好青年ではない。
「太郎君、ありがとう」
太郎は返事をしなかった。どう返せばこのご陽気な金髪野郎が立ち去ってくれるか、それだけのために思考の全てを費やしていた。洋画でも趣味にしていれば、気の利いた返事の一つや二つ、簡単に返せただろうに。太郎には芸術しかないのであった。
太郎と麟が学ぶ専門学校は、現代臭く胡散臭い学校だ。教室では香水のフレグランスが鼻腔を撫で付けてくるので、やっぱり臭いのである。経営は不透明。アクリルガッシュの黒絵の具より不透明。
だから、太郎はこの学校を信用していないのだ。それは生徒を信用しないことと、多分ニアリーイコール。
太郎は麟を信用しないことにした。友達のくせして。
「太郎君にお願いがあるんだよね。ごめんな、急に」
「うん」
麟は格好良く笑いかけてくる。
「世の中の目を覚ませてやろう!」
それは深い秋の出来事。十一月。さっぱりした麟の笑顔は、太郎の眉間をめちゃくちゃにした。
松野うせです。岐阜県が大好きです。
専門学校には通ったことがないため、失礼なことを書いてしまいました。
これから面白くなっていきますから、よければ見守ってくださいませ。
褒めてもらえると嬉しいです。




