残照の記録
記録局の地下第二保管庫。
そこは、すでに禁術指定を受けた文書や“存在しないことになっている”研究資料が、時を止めたように眠る場所だった。
ラナとクレイグは、重錠を解き、内部へ足を踏み入れる。
揮発した魔力が空気に漂い、鼻腔をくすぐった。
記録局長によると、ヴァラスト伯爵は生前、この保管庫の“とある棚”を定期的に訪れていたという。
そこに残された、最後の帳簿にはこう記されていた。
「魔眼は視る。過去を。未来を。だが最も危ういのは、“今”を歪めることにある」
「継承者にして観察者。光の影に触れた者は、やがて自らの視界を信じられなくなるだろう」
ラナは棚の最下段に、ある木箱を見つけた。
封蝋はすでに切られている。誰かが最近、開けた形跡があった。
中には、一冊の黒革の手帳。
それは――ヴァラスト自身の筆による、“観察記録”だった。
《第六弟子・アルディア:時間系統》
《異常視覚反応あり。自力で“逆時の視界”を開いた痕跡》
《魔眼への耐性高し。だが、意志が不安定》
《彼が“持っている”のではない。“視られている”のだ》
そこまで読んで、ラナは息をのんだ。
――魔眼は、受け取るものではない。
取り憑くものなのだ。
「つまり……伯爵は“誰かに魔眼を与えた”んじゃない。
“魔眼に取り憑かれた誰か”を観察していた……?」
ラナの言葉に、クレイグが呟く。
「記録は“主語”を曖昧にしているな。“彼”とはアルディアのことか? それとも……」
言いかけたとき、保管庫の奥、魔封結界の向こう側――
誰かの視線を感じた。
ラナがゆっくりと振り返る。
そこには誰もいない。
だが、空間の“歪み”があった。
記録されない残像。言葉にならない痕跡。
そのとき、木箱の底から――黒い瞳が、ひとつ転がり落ちた。
それは生体器官ではなかった。
しかし、確かに“見ていた”。
ラナを。クレイグを。そして、この瞬間を。
「……観察されていたのは、私たちの方だったのね」
クレイグが手帳を閉じ、目を細める。
「これは“記録”ではない。“予言”だ。ヴァラストはこの結末を……」
言葉の先は、ラナが代わりに告げた。
「――視ていたのよ。あの時、すでに」