視線の檻
ギルド本庁の〈禁観室〉は、魔術的監視と記録に特化した機密施設である。
その最奥、鏡面装置《観視壁》の前に、ラナとクレイグは立っていた。
浮かび上がるのは、七人の弟子たちの監視映像。
水のリュクス、火のベリス、土のイーグラン、光のナリア、闇のゼクス、時間のアルディア――そして、死んだ風のロゼを除く六名が、順に映し出される。
「この中にいる」
ラナの口調は静かだったが、その眼差しには決意の色があった。
「虚ろの魔眼を“手にした”者。あるいは、“その手助けをした”者が」
クレイグは観視壁を睨みながら言った。
「問題は、“魔眼の所持”が視覚的には分からないことだ」
魔眼は、見えない。
それは眼球の形をしていない。
視線という概念そのものが、肉体のどこかに“宿る”。
宿主の記憶を通じて世界を視る、“第二の意識”のような禁術だった。
「そもそも、ヴァラストはなぜ〈魔眼〉を分け与えようとしたのか?」
問いは宙に浮いたまま答えられず、観視壁の映像が、次の弟子を映し出した。
――時間系魔術の使い手、アルディア・グレイフ。
灰色の衣をまとい、私設書庫の中で黙々と魔術式の巻物を記している。
年若く、美しい青年だった。
ラナが画面を凝視する。
「……何か、妙だわ」
「どういう意味だ」
「この巻物、すべて“時間魔術の逆照射”に関する式。時間の断片を遡って記録する……ってことは、誰かの記憶を追ってる?」
「それも“他人の”記憶、だとしたら……」
クレイグの口調にわずかに緊張が走る。
「アルディアは魔眼の能力を使っている可能性がある」
ラナが観視壁に手を触れる。
その瞬間、魔術装置の奥から鋭い警報音が響いた。
赤い警告灯が点滅し、観視壁が自動で切り替わる。
新たな映像――
それは、弟子の一人が殺された現場だった。
土系魔術師、イーグラン・サルトの自宅書斎。
彼の遺体が倒れており、両眼をくり抜かれ、血で魔術記号が描かれていた。
「また、魔眼の“移植”か……!」
ラナはすぐさま現地へと向かうよう指示を飛ばしながら、静かに呟いた。
「私たちは今、見られている」
クレイグが振り向く。
「……誰に?」
ラナは答えなかった。
だが確かに、その瞬間――観視壁の一面に、“誰かの目”が映った気がした。
虚ろで、形を持たず、
けれども確かに、こちらを見返していた。