視えぬもの
ヴァラスト伯爵の弟子は、七人。
火、水、風、土、光、闇、そして――時間。
彼のもとで学んだ異能の徒たちは、それぞれ異なる魔術系統を受け継いでいた。
だが、そのうちのひとり――〈風の魔術師〉ロゼ・カルナティアが消息を絶ったのは、処刑のわずか二日後のことだった。
ギルド監視局が記録した異常な魔力反応をもとに、ラナとクレイグが訪れたのは王都郊外の廃礼拝堂。
瓦礫と埃に覆われたその場所の奥――、古びた祭壇の前に、女の遺体は横たわっていた。
そして、
彼女の両目は、くり抜かれていた。
眼窩には黒く乾いた血痕だけが残り、周囲の皮膚には爪か刃物のような痕跡があった。
ただし、くり抜き方には一定の“技術”があった。人体の破壊ではなく、器官を摘出する目的で行われた処置――そう見えた。
クレイグがしゃがみ込み、懐から銀のペンデュラムを取り出す。
遺体の上空を振り子が旋回しはじめ、やがて低く呻くような音が鳴った。
「……眼球そのものが、魔力器官として転用された可能性がある」
ラナは床に散らばる護符の破片を拾い上げる。風系結界術式の符。
ロゼは抵抗したのだ――だが、それは敵の前には無力だった。
「魔眼は、眼そのものを宿主にする……。視る力を奪い、あるいは他者の視線を得る」
祭壇の上に置かれた古い鏡が、僅かに曇っていた。
ラナはその鏡に近づき、わずかに手を触れる。
その瞬間、視界がねじれた。
一瞬だけ、白くぼやけた視界――
見知らぬ夜道。背後から近づく人影。
振り返るロゼの驚愕。
そして、誰かの声。
――「視えたくないものまで、視えてしまうんだよ」
ラナは目を開け、鏡から手を離した。
息が荒くなっているのに気づき、深く呼吸を整える。
「誰かが、魔眼の力を手にしている。そして、それを“移植”して回っている可能性があるわ」
「……魔眼狩りか」
クレイグの言葉に、ラナは黙って頷いた。
七人のうち、一人が殺され、眼を奪われた。
それが“偶然”とは思えなかった。
奪われたのは、眼球ではない。
視線。意志。記憶。そして、力。
それを必要とする“誰か”がいる。
魔眼を求めて。