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残照  作者: 吸坂路庵
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虚ろ詞

王都ザル=フィエルの西端にそびえる魔術監獄イネグリウム

その地下最深部で、禁術師ギルドの立ち合いのもと、ひとつの処刑が執行された。


被処刑者の名は、エルノ・ヴァラスト。

名門ヴァラスト家の現当主にして、かつて王立魔術院の最高評議員を務めた老魔導伯爵。

罪状の記録は存在しない。ただ――本人の遺言によって死を望んだ、という。


処刑は静かに行われた。

外部とのすべての接続を断たれた封印空間の中央で、白髪の男は椅子に腰かけていた。

目は閉じられ、顔には安らぎすら浮かんでいる。


「遺言状、確認いたします」

立ち会いの記録官が読み上げる。


「『すべてを知る者は、虚ろの魔眼を持つ』――以上」


それが全文だった。

財産分配も、遺族への言葉もない。

まるで言葉自体が呪であるかのような、謎めいた一行。


やがて、処刑呪文《無声のアフォニア》が発動される。

術式が完成すると同時に、公爵の首は断たれた――音もなく、血もなく、遺体は霧のように消えていった。


遺体が残らなかったことについて、公式な説明は出ていない。

ただ処刑記録の末尾に、こう付記されていた。

「執行完了、異常なし」



三日後。

禁術師ギルド第四記録室。


机を埋め尽くす報告文と巻物の山を前に、若き禁術師ラナ・ヴェルネは腕を組んだ。

ヴァラスト処刑の記録を何度読み返しても、釈然としない。


「やっぱり変よ……この処刑」


向かいの席では、錬金術師のクレイグ・ファーンが試薬瓶を拭いている。

相変わらず目は合わせないが、彼女の独り言には反応を返した。


「遺言の内容か」


「“虚ろの魔眼”なんて、聞いたこともない言葉よ」


「ないな。禁術典にも、魔導史にも出てこない」


ラナはひとつ息を吐いた。


「でも、《裏典・深層章》には“魔眼の継承”に関する断片があった。個人に宿る視線を、禁呪で受け継がせる……って。あなた、読んでるでしょ」


クレイグは黙っていた。

それは肯定でも否定でもなかった。


 そのとき。

 扉が、緊急時の符で二度、鋭く叩かれた。


「入れ」


ラナが返すと、使者の少年が駆け込んできた。

興奮と恐怖を抑えきれない様子で、報告を始める。


「第七区、ヴァラスト公爵邸です。書斎の奥から強い魔力反応が――結界石が反応して、警戒符が起動しました」


ラナが目を細めた。


「書斎は処刑後、封印されたはずよ」


「はい。ギルド印の封が破られた形跡はありません。でも……中から、です。誰もいないはずの部屋で、魔術的活動が発生しています」


その場に、一瞬の沈黙が流れた。


クレイグがぼそりと呟いた。

「残留魔力か。あるいは……」


ラナは小さく首を振る。


「見に行きましょう。偶然にしては、出来すぎてる」


処刑された老伯爵の遺言。

残された謎の言葉。

そして、彼の不在を証明するはずの屋敷で――なぜか、魔術が目を覚ました。


誰かが意図していたのか。

それとも、すべてはまだ終わっていなかったのか。

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