5 代理の聖女
これからお世話になる王太子殿下の前に座っただけでなく、促されたとはいえ紅茶まで飲んでしまった。
この場所に移動させたのは神様だから私は悪くない。
だけど、すぐにその場から退くべきだった。
頭を下げたままでいると、衣擦れの音が聞こえて、黒の革靴が視界に入った。
「気にしなくていい。君が好きでそうしたわけじゃないんだろう」
私が顔を上げる前に、腰に両手が添えられたかと思うと、ふわりと体が浮いた。
私の体は、まるで小さな子供をあやすかのように高々と持ち上げられてしまった。
ディオン殿下は長身痩躯なのに、力はあるのか私を持ち上げているというのに涼しい顔をしている。
シルバーブロンドの少しクセのある髪、切れ長の目にダークブルーの瞳を持つディオン殿下は、少し見た目は怖いけれど眉目秀麗だ。
聖女は王家に面倒を見てもらうことが一般的なので、本来ならば国王陛下の元に飛ばされるはずだ。
それなのにどうして、ディオン殿下の元に来たのかは、神様の采配なのだと思う。
だけど、どうせなら同じ部屋であっても違う場所にしてほしかった。
「殿下! リーニ様は子供ではないんですよ!」
ミーイ様が慌てた顔をして立ち上がり、ディオン殿下に叫んだ。
「すまない」
ディオン殿下は私の目を見つめたまま謝罪すると、ゆっくりと床におろしてくれた。
「こちらこそ申し訳ございませんでした」
「神の考えられたことなのですから、リーニ様はお気になさらないでください」
「お前が言うなよ」
ディオン殿下はミーイ様に言うと、私に目を向ける。
「君は気にしなくていい」
「ご理解いだだきありがとうございます」
頭を下げた私を、ディオン殿下がソファに座るように促してくれた。
恐れ多いと思いながらも、促された場所に座らせていただく。
すると、ミーイ様が尋ねてきた。
「リーニ様は、ここに飛ばされる前に誰かと一緒にいらっしゃいましたか」
「いいえ。一人で結界の確認をしておりました」
「一人でですか?」
ミーイ様は眉根を寄せて聞き返すと、私の返事を待たずにディオン殿下に話しかける。
「リーニ様が無事に入国されましたことをノーンコル王国に伝えてきます」
「頼む」
「リーニ様、申し訳ございませんが、少しの間、殿下をよろしくお願いいたします」
ミーイ様は一礼すると、私とディオン殿下を残して部屋から出ていってしまった。
私とディオン殿下は顔を見合わせると、すぐに視線を逸らして無言になった。
少しの沈黙のあと、ディオン殿下が口を開く。
「来たばかりで悪いが、君には色々と話さないといけないことがあるんだ」
「……どんなことでしょうか」
尋ねると、ディオン殿下は私を見つめて聞いてくる。
「ルルミーが迷惑をかけていたんじゃないか」
「……いいえ」
聖女が人を悪く言うことは褒められたことではないので言葉を濁す。
すると、ディオン殿下は質問を変える。
「君はノーンコル王国に戻りたいか?」
「いいえ。ご迷惑でなければソーンウェル王国で頑張らせていただきたいです」
ノーンコル王国で役立たずだと言われたなんて言えない。
でも、ソーンウェル王国では、そう思われないように今まで以上に頑張ると決めたのよ。
弱気なことは言っていられない。
「わかった。君はもうソーンウェル王国の聖女だし、君の口が堅いと信じて伝えるが、実はルルミーは聖女代理なんだ」
「せ、聖女代理!?」
そんな言葉を初めて聞いたので、私は大きな声で聞き返してしまった。