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4  ソーンウェル王国の王太子

 王家が事実確認もせずに噂を信じたということなの?

 そんなことってありえるのかしら。


「あの、聖女様、どうかなさいましたか?」

「もしかして、結界に何かあったという噂を聞いて、こちらまで足を運んでくださったのでしょうか」


 不安そうにして尋ねてくる人たちに、慌てて笑顔を作って答える。


「いいえ。もうすぐ、この国を出ることになったので、できるだけのことはやっておきたいと思いまして、こちらに来たんです」


 話を聞いた周りの人たちの顔色が悪くなっていくことに気づき、慌てて補足する。


「あの、ご心配なく! ノーンコル王国には私以外の聖女が参りますので、今まで通りに過ごせますから!」


 ノーンコル王国の識字率は、他国と比べてかなり悪い。

 だから、新聞に私のことが書かれてあっても読めないから意味がないことを忘れていた。


 皆、私がここを去ることを知らなかったんだわ。

 配慮が足りなくて本当に申し訳ない。


 ショックを受けている人たちに事情を説明してから、結界の様子を見に行くことにした。


 少しの間、見回ってみたけれど、結界が弱まっている場所があるようには思えない。


 弱まっているというのは本当に嘘だったという可能性が高い。

 私をこの国から追い出すための口実だったのかもしれないわ。


 そう思うと悲しくなって、枯れ果てたと思っていた涙が出そうになった。


 他の聖女も言っていたけれど、ソーンウェル王国の王家が何も言わないのが気になる。


 考えられるとしたら、ルルミー様がソーンウェル王国では本性を出していて、逆にいらないと思われているということだ。

 どういう経緯かはわからないけれど、いらないもの同士を交換しようという話になったとかかしら。

 それか、ルルミー様がソーンウェル王国から逃げ出したくて、フワエル様を誘惑したのか。


 ルルミー様を選んだフワエル様のことを思うと悲しくなる。

 でも、もう気持ちを切り替えなくてはならない。


 私はただの男爵令嬢ではなくて聖女なんだから。


 ソーンウェル王国に行って受け入れてもらえるように、私は私なりに聖女の仕事を頑張りましょう。


 そんなことを思いながら、結界のチェックをしていた時だった。


 急に目の前の景色が変わった。

 先程まで見えていた木々はどこかに消え去り、視界に入ったのはソファとテーブル、そして、呆気にとられた顔をした青年だった。


 どういうことかわからないけれど、見覚えのある男性と向かい合っている。


 しかも、誰かの太腿と太腿の間に座っている状態で、だ。

 

「え……、あ、リーニ様……ですよね」


 向かいに座っているレモン色の肩より少し長い髪を一つにまとめた、ソーンウェル王国の王太子殿下の若き側近、ミーイ・エズム様が大きな目を瞬かせて聞いてきた。


 小柄で可愛らしい顔立ちのミーイ様に、私は後ろを振り向くことはせずに頷く。


「はい。あの、リーニ・ラーラルと申します」

「……ルルミーがノーンコル王国に入ったから転送されたんだな」


 私の頭上で、低いけれど心地の良い声が聞こえてきた。


 ミーイ様と私の間には黒のローテーブルがあり、その上にはまだ湯気が立っている紅茶らしきものが置かれている。


「紅茶は好きか」

 

 誰に聞いているのかわからないので黙っていると、少しの沈黙のあと、今度はミーイ様が尋ねてくる。


「リーニ様、紅茶はお好きですか」

「は、はい! あの、無視したわけではなく、誰に問いかけられたのかわからなかっただけでして」

「気分が落ち着くから飲め。まだ口はつけていない」


 耳元で囁かれて、余計にパニックになりそうになる。


 神様、どうして、こんな所に転移させたんですか!?


「い、い、いだだきます」


 前のめりになってカップを手に取る。

 手が震えてカチャカチャとソーサーに何度もカップをぶつけてしまった。


 紅茶の温度は飲み頃で、とても美味しくて心が安らいだ。


「美味いか」

「……はい、とっても。あの、ありがとうございます」


 目を見てお礼を言うべきなのだろうけれど、話す声で相手が誰だかわかってしまったから振り向きたくても申し訳なさすぎて振り向けない。


 でも、この状態でいつまでもいられるはずがないのも確かだ。


 カップをソーサーに戻し、覚悟を決めて立ち上がる。

 そして、広い所まで出て床に膝をついて頭を下げる。


「申し訳ございませんでした!」


 私が不敬をしてしまった相手はソーンウェル王国の王太子殿下、ディオン・ファース様だった。


 

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