38 聖女と精霊の涙②
6月4日の更新で聖女と精霊の涙①を投稿いたしましたが、中身が改稿前の②のものになっておりました。
誠に申し訳ございませんが、6月4日更新分をお読みいただいた方は①をお読みになってから、再度、こちらをお読みいただけますと幸いです。
この話の次の話で終わりになります。
ルルミー様への処置に気を取られて、ピッキーの気配に気がつかなかった。
私の隣に姿を現したピッキーは、ディオン殿下に向かって叫ぶ。
「リーニは僕の運命の相手なんだ! お前なんかに渡さない!」
「何をふざけたことを言ってるんだ」
ディオン殿下が厳しい表情で階段をゆっくりと下りてくる。
「ピッキー! いい加減にして! 私はあなたの運命の相手でもないし、元恋人でもないのよ!」
「そんなことない! リーニは本当に彼女にそっくりなんだ! 見た目も性格も! だから、君は彼女の生まれ変わりなんだ!」
「それはたまたまよ! 聞いて、ピッキー! あなたに自分の口から真実を伝えたいと言っている人がいるの!」
「どうせ神様なんだろう! もうわかってる! オレは闇に落ちるんだ! だから、リーニ、オレとまた、一緒に闇に落ちてくれ」
ピッキーのまとっていた空気が今までの柔らかなものから、邪悪なものに変わった。
邪神が国王陛下からピッキーに乗り移ったのだとわかった。
桁違いの闇の力に恐怖で体が動かない。
「リーニ、怖がらなくてもいいよ」
ピッキーが私に顔を近づけた時、私の腕が前方に強く引っ張られたかと思うと、一瞬だけ浮き上がった。
そして、それと同時にピッキーが悲鳴を上げる。
「ぎゃああああっ!」
ピッキーのほうを見ると、精霊仲間であるワニのテイラーがピッキーの足に噛みついていた。
「大丈夫か」
恐怖で動けなくなっていた私を助けてくれたのはディオン殿下だった。
ホッとして、抱き寄せてくれた胸に頰を寄せる。
「……ありがとうございます」
闇の力に飲み込まれそうになった恐怖と、目の前の悲しい出来事に目を離せないまま、ディオン殿下の言葉に頷いた。
「ごめんなさい、ピッキー。本当に、本当にごめんなさい」
倒れたピッキーの体が少しずつ金色の砂になっていく。
そのスピードは緩やかで、まるで、二人に話す時間をとっているかのように思えた。
「ど、どうして、テイラーが?」
ピッキーがテイラーに尋ねる。
答えを知っている私の目から涙がこぼれる。
「ピッキー、あなたの元恋人は私よ」
大きく息を吸ってからテイラーが口を開いた。
ピッキーの元恋人の生まれ変わりであるテイラーは、ポロポロと涙を流しながら、ワニの姿からメス鹿の姿に変わった。
「そんな! どうせ、嘘をついてるんだろ?」
「嘘じゃないわ」
テイラーがお互いにしか知らない思い出を話すと、ピッキーは目を見開いて尋ねる。
「どうして今まで黙ってたんだ?」
「……最初はあなたのことが許せなかった。だから、あなたと共に生まれ変わったと聞いた時、神様に私だと言わないでほしいと頼んだの。あなた自身で自分の罪に気がついてほしかった。そこで、やっとあなたを許せると思ったから」
テイラーはピッキーの顔に顔を寄せて話を続ける。
「私があなたを許す前に、あなたはリーニに恋をした。それまでは良かったの。だけど、エレーナの悪意を注意することもなく、手を貸そうとした、あなたが許せなかった」
「……オレに忠告しても無駄だったから、エレーナに噛みついたのか」
ピッキーは納得したように言った。
テイラーがエレーナ様に罰を与えることは、別におかしくないと思っていた。
でも、やり過ぎなのではないかとも思っていたから、今回の理由を聞いて腑に落ちた。
テイラーにしてみれば、やっと心が綺麗になっていたピッキーを惑わせたことが許せなかったのね。
「あなたを魔物にするわけにはいかないの」
テイラーは静かにそう言った。
ピッキーの体はどんどん砂に変わっていく。
テイラーたちの様子を見守っていた私に、ディオン殿下が耳打ちしてくる。
「邪神はどうなった?」
「……そうでした」
慌ててルルミー様のほうを見ると、気を失っているようだし、国王陛下のほうを見ても動きはない。
となると、残りはフワエル様しかいない。
でも、フワエル様も倒れているし、邪神を感じさせる気配はなかった。
「邪神なら神様が追い払ったわ」
答えに困っていると、テイラーがピッキーを見つめたまま教えてくれた。
ピッキーの体はもうほとんどなくて、この会話が最後だということがわかる。
「オレはどうなるんだ?」
「……わからないわ。神様が決めることだから。でもねピッキー。あなたが神様に本当に詫びる気持ちがあるのなら、また会えるわ」
「そうか……」
ピッキーの姿が見えなくなった時、私の耳元でピッキーの声が聞こえた。
「謝っても許されることじゃないけど、今まで本当にごめん」
そうね。
あなたは許されないことをした。
でも、今度、あなたが生まれ変わる時は、大好きな人と結ばれますように。
私の目からまた、涙が溢れ出した。
*****
しばらくしてから、レッテムが私たちの目の前に現れ、上手くいったと教えてくれた。
それと同時にテイラーの姿とピッキーだった金色の砂も消えて、意識を失っていた人たちが一斉に目を覚ました。
「あたし、助かったの?」
「助かりましたが、あなたは神様を信じる国の国民として、やってはいけないことをしました」
「何なの、その意味深な言い方」
ルルミー様はゆっくりと体を起こして、私を睨みつけてきた。
私が何か言う前に、フワエル様が壇上から下りてきて尋ねてくる。
「一体、何があったんだ? それに、リーニが来るまで中にいたはずの騎士たちはどこに行ったんだ?」
「彼らは神様が逃がしてくれたようです」
「逃がす? どういうことだ」
「こういうことです」
私は両手を広げて目を閉じた。
すると、微かに魔物の咆哮が聞こえてきた。
「これは?」
ディオン殿下が焦った顔で私を見つめる。
「実は、ここに来てすぐにノーンコル王国に張っていた結界を全て解除しました」
「なんだって!?」
「なんですって!?」
フワエル様とルルミー様は無視し、ディオン殿下を見つめて話を続ける。
「この城を守る塀の向こうは森に囲まれていますので、私は塀で囲まれている部分にだけ結界を張り直しました」
「国民を誘導させたのはそのためか」
「はい。この城の周りを魔物に囲んでほしかったんです」
ソーンウェル王国の両陛下にお願いして、ノーンコル王国のソベル大将に連絡してもらい、魔物のいる南の地から城に続く道の一部に人を立ち入らせないようにしてもらっていた。
準備が整ったことを確認してから、私は結界を解除し、ラエニャ様に協力してもらい、人を立ち入らせないようにしてもらった一部の道と城の周りを囲む森を除いて結界を張り直した。
魔物の森から城までの一本道を作ったのだ。
今は、城壁を越えてくることはないものの、城の周りは多くの魔物たちに囲まれているはずだ。
例えるとすると、ドーナツの穴部分が王城で、ドーナツ自体が森になる。
その外側は人が住んでいるので結界を張っている。
「そ、そんな! どうして、そんなことをするんだよ!?」
「フワエル殿下、あなたはルルミー様と結婚するおつもりでしたわよね」
「そ、それはそうだけど」
「ルルミー様、あなたはフワエル殿下と結婚するのですか」
「そうよ!」
頷いたルルミー様からは反省している様子が見えないので、今度こそ突き放すことにした。
「では、お幸せに。食料は転移魔法で送るようにいたしますね」
「ちょ、ちょっと待ってよ、どういうことなの!?」
「あなたは邪神と手を組もうとしました。ということは、あなたの仲間は人間ではありません。魔物です」
「ふざけたことを言わないでよ!」
「ふざけてなんていません。本気で言っています。仲間たちと仲良く暮らしてください。どうしても嫌な場合は心からの懺悔をお願いします。ですが、赦す赦さないかは神様の判断です」
自分たちがこれからどうなるのかわかったルルミー様とフワエル様は助けを求めてくる。
「嫌よ! こんなところに取り残されたくない!」
「リーニ! 僕はそこまでされるほど悪いことをしていないだろう!」
「一時でも邪神の使いになっていたルルミー様を妻にするのでしたら、あなたも魔物と共存するべきです。城壁の中には魔物は入ってこれませんから安全ですよ」
「人がいないじゃないの! あたしの世話をする人はどうなるのよ!?」
「城壁の外に出て、世話をしてくれる魔物を探せば良いのではないでしょうか」
そんな魔物がいるはすがない。
わかっているけれど、笑顔を作って言った。
「帰ろうか、リーニ」
「はい」
ディオン殿下に話しかけられて頷くと、フワエル様が叫ぶ。
「嫌だ! 帰らないでくれ! リーニ、助けてくれ!」
「そうよ! こんなところにいたくない!」
フワエル様とルルミー様が私に触れようとした時、ディオン殿下が転移魔法を使ってくれた。
それと同時に、エレーナ様は分割されてしまったノーンコル王国の一部に戻ると、城の周りの森に繋がっていた道を結界で閉ざした。
城の周りを囲む森には取り残された魔物が多くいる。
そして、その森には結界がはられ、外側の人間の住む場所には入れなくさせている。
本当に懺悔したと思われる時は、神様が助けると言っていた。
二人がどうなるかは、これからの行動次第だ。




