2 意地悪な聖女
「消えません」
よろめきはしたものの、何とか体勢を保って言い返すと、踝まである黒いドレスがよく似合う、細身のルルミー様は鼻で笑う。
「消えてほしいわ。目障りだもの」
「ルルミー、あなたいいかげんにしなさいよ!」
「そうよ。わざわざぶつかる必要はないし、目障りだなんて言う必要もないでしょう」
他の聖女たちがルルミー様を叱ると、彼女はピンク色のウェーブのかかった髪をかきあげて言い返す。
「うるっさいわね。私たち聖女の仕事は結界を張ることや傷ついた人を治癒することでしょう。そんなことも満足にできないんだから、これくらいしても良いのよ!」
「私は仕事をサボっているわけではありません。それに、わざと人にぶつかるのはどうかと思います」
今度は私が言い返すと、ルルミー様は突然、足元に咲いていた小さな花を踏みつけた。
そして、グリグリと黒いハイヒールの踵で花を押しつぶしながら言う。
「口答えすんじゃないわよ。この花と同じように潰すわよ」
「ルルミー様、忠告していただけるのは有り難いですが、罪のない花をわざと踏みつけるのはお止めください」
「あー、うっざ! いい子ちゃんぶって本当にキモい。あ、あんた、フワエル様にあたしのことをチクっても無駄だからね。どうせ信じないし、あんたはもっと嫌われるだけだから! まあ、あたしにしてみりゃ、あんたが嫌われてくれたほうが面白いんだけどねー!」
ルルミー様は言いたいことを言い終えると、笑いながら去っていった。
ルルミー様の姿が見えなくなると、私の視界を埋め尽くすくらい太い幹に緑の葉が生い茂った世界樹が風も吹いていないのに揺れた。
「こんなことを言うのは失礼かもしれないけれど、フワエル殿下はルルミーの何が良かったのかしら」
「フワエル殿下の前では猫を被っているんじゃないですか」
「どうして、あんな汚い言葉を吐けるのかしら」
私のせいで潰された花を治癒魔法で復活させていると、聖女たちが話し始めた。
「あの子は本当に困った子よねぇ。あの子が聖女に選ばれた理由が本当にわからないわ」
聖女の最高齢である、今年70歳になる小柄なロマ様が杖をついてゆっくりと私に近づきながら言った。
「ルルミー様は外見はとても素敵なんですけど、中身が残念ですわね」
苦笑して言うと、周りが怒り始める。
「たとえ王族が相手でも、聖女には王族に意見する権利が認められているのよ。リーニはこのままで良いの? あなたはフワエル殿下のことが本当に好きだったじゃないの」
フワエル様との話をよく聞いてくれていた、ノナが悔しそうな顔をして言った。
「好きだったけどしょうがないんです。フワエル様はルルミーが好きみたいですから」
昨日のフワエル様との話を伝えると、聖女たちの怒りはエスカレートする。
「信じられない! 結界が弱いのはリーニのせいじゃないわ。それだけ魔物が多くいるからなのに!」
結界は聖なる力で作られている。
闇の力を持つ魔物が結界に触れるたびに結界の力は弱まっていく。
だから、結界が弱まっているということは、それだけ魔物が私たちの国に侵入しようとしているということだと考えられている。
「いいえ。私のせいです。そのせいで国民に不安な思いをさせてしまったのですから、婚約を破棄されても仕方がないと思います。今は魔力を授かったあとに結界を補強することが、今の私にできることです」
力強い口調で言うと、聖女たちは話題を変える。
「もし、結界が弱いからという理由で婚約を破棄したとしても、ルルミーとリーニを交換する理由がわからないわ」
「そうよね。ソーンウェル王国にしてみれば、ルルミーは優秀な聖女みたいだし、普通ならば手放したくないはずなのにどうしてなのかしら」
「もしかしたら、ソーンウェル王国の王族はルルミーの正体に気づいているとか?」
私も皆の会話に入ろうとした時だった。
「いつまで話をしてるんだよ。早く力を授かって戻るんだ。君たちのやることは、多くの人を幸せにできるような世界を作ることなんだよ!」
突然、私の目の前に現れた茶色の毛を持つ大きな鹿が言った。