28 悩む聖女
大人しく待っていると、私の前に並んでいた聖女が話しかけてきた。
「リーニ様、エレーナ様にはじめましてと言っておられましたけれど、はじめましてではないのではないですか」
「そんなことないですよ。今日、初めてお会いしましたから」
「……初めてのはずはないんですけれど、おかしいですわね。でも、そう言われてみれば、自分たちからコンタクトを取らない限り、聖女同士に関わりはないですから、リーニ様とは挨拶をしていなかっただけでしょうか」
力を授かる順番が回ってきたので、意味深な言葉を残して、話しかけてくれた聖女は行ってしまった。
だから、レッテムに聞いてみる。
「私とエレーナ様は会ったことがあるのかしら」
「……うん。でも、会ったというよりかはすれ違うくらいのものかなぁ。リーニは新入りさんで、しかも足が遅かったし体力もなかったから、走っている時は人の顔を見てなかったもんねぇ」
「そ、そうだったのね。それは失礼なことをしていたのね。本当に反省するわ」
だから、エレーナ様ははじめまして、と返してくれなかったのね。
気を悪くさせてしまったかしら。
選ばれてすぐの私は、祭壇に向かう道の途中で息切れして、足が動かなくなっていた。
体が辛くて、他の聖女のことを気にしていられなかった。
って、そんなことは言い訳にならないわよね。
「おい、今の見たか」
レッテムと話をしていると、エレーナ様を送り終えたピッキーが近寄ってきた。
「今のって何かしら」
「エレーナがオレを頼っていただろ?」
「頼っていた? ああ、背中に乗せてあげていたってこと?」
「そうだ。お前だってあんな風にオレを使えば良かったんだ」
「どうして、そんなことを言うの? 体調が悪かったり怪我をしたりとか、事情があるならまだしも、健康なんだから自分で走れるわ」
はっきりと答えると、ピッキーはなぜか怒り始める。
「そんなんだから婚約破棄されるんだよ! お前をもらってくれる奴なんて人間にはいないんだからな!」
ピッキーは私のことが本当に好きなのかしら。
そうだとすると、言っていることが幼稚すぎるし、申し訳ないけれど、こういうタイプは好みではない。
「そんなことないよぉ。ディオン殿下はリーニをもらってくれると思うよぉ」
「な、なんだって!?」
レッテムの言葉を聞いたピッキーが大きな唾を飛ばして叫んだ。
「もらってくれるなら、とても嬉しいわ」
「そ、そんな!」
「レッテム、私は今のうちに帰るわ。あとはよろしくね」
「わかったぁ! 気をつけてねぇ」
ショックを受けて固まってしまったピッキーをレッテムに任せて、私はソーンウェル王国に戻った。
レッテムの言ったことは嘘ではないし、ピッキーにはちゃんとレッテムが話をしてくれるでしょうし、いつまでもそこで待ってはいられなかった。
たとえ、ピッキーが素敵な精霊だったとしても、人間と精霊が結ばれることはない。
それがわかっている時点で諦めてほしいんだけど、そうならないのはピッキーの気持ちがそれだけ真剣だからなのかしら。
ペットが恋人と言う人だっているものね。
ピッキーもそんな感じで、私のことを見ているのかもしれない。
――私がそんなことを思うのは失礼よね。
ピッキーがどれくらいの思いで私を好きなのかわからないんだから。
家に帰ると、ディオン殿下から手紙が届いていた。
内容はルルミー様たちのことで、ルルミー様はエレーナ様の所へ行きたいと言っているけれど、それをエレーナ様が断ったというものだった。
エレーナ様にしてみれば、ルルミー様は恋のライバルだもの。
ノーンコル王国に来てほしくないという気持ちはわからないでもない。
私としてもエレーナ様がルルミー様から離れることは良いことだと思う。
でも、エレーナ様のことだから、新たに依存できる相手を探すでしょうね。
そしてそれが、フワエル様である可能性が高い。
エレーナ様は可愛らしい顔立ちをしておられるから、聖なる力がちゃんと使えるとわかればフワエル様も彼女を認めてくれるはずよね。
フワエル様のことをお薦めはできないけれど、人の気持ちは他人が左右できるものじゃない。
私は見守っておくしかできないわ。
エレーナ様が納得できるまで頑張ることは悪いことではないもの。
でも、私のように傷つかないでほしいとは思う。
気分が重くなったので、今日は休憩日にさせてもらい、城の庭園を散策することにした。
レイカたちと一緒に庭園の花を見ながら歩いていると、ディオン殿下がやって来た。
息を切らしているから、離れた場所からわざわざ走ってきてくれたようだった。
「邪魔をして悪い。今は散策中か?」
「邪魔だなんてことはありません。あの、どうかされましたか」
「執務室で仕事をしていたんだが、お茶を淹れに来てくれたメイドが君が庭園を散策していると教えてくれたんだ」
「そうだったんですね。ここまで来ていただき、ありがとうございます」
ディオン殿下の執務室がどこにあるかはわからない。
でも、城内にあることは確かだから、ここまで来るのに、かなりの距離があったと思われる。
だから、微笑んでお礼を言った。
「一緒に歩いてもいいかな」
「もちろんです」
「ありがとう。そういえば手紙は読んでくれたか?」
「はい。お返事が遅くなって申し訳ございません。少し、頭を整理してから返そうと思っていたんです」
エレーナ様とルルミー様の意見、どちらかを優先させるとしたら、聖女であるエレーナ様の気持ちが優先になるのだと思う。
ルルミー様に会いたくないとエレーナ様が思っているのなら、ルルミー様の気持ちは気にせずにエレーナ様の気持ちを押し通して良いんじゃないかと思うけど、実際はどうなのかしら。
「ルルミーのことは俺たちに任せてくれても良いが、君はどうしたい?」
「そうですね。今の私はルルミー様の様子のほうが気になるんです」
「ルルミーか。見張りの人間から聞いたところによると、手の怪我は治るどころか酷くなっているらしい」
「そうなんですか?」
私に何ができるかはわからない。
でも、手の怪我がどうしても気になる。
怪我を治すというだけなら、エレーナ様に会わせるよりかは、私が相手をしたほうが良い気がした。




