27 それぞれの感情
「それなら良かった」
「ところで、フワエル殿下は本当にルルミー様と結婚するつもりなのでしょうか」
「……気になるのか?」
「少しだけ。ルルミー様はお金が好きそうですから、フワエル殿下と結婚したがりそうですね」
「エレーナのためにルルミーをノーンコル王国に送ってやろうかと思ったが、やめておいたほうが良いだろうか」
「ルルミー様とエレーナ様の双方が望むようでしたら良いとは思いますが難しいところですね」
ルルミー様とエレーナ様がフワエル様を取り合って修羅場になるかもしれない。
友人同士の仲を悪くさせるようなことをするのは良くないわ。
「二人には確認しておくようにする。それから、ルルミーが君に会いたがっているんだが、君は会いたいか?」
「ルルミー様が私に会いたがっているんですか?」
「ああ。手を治してほしいと言っていたな」
「手を治す? 怪我でもしたんでしょうか」
「大怪我をしているようだ。痛くて眠れないらしい」
そんなことを聞いてしまうと、助けざるを得なくなる。
でも、ルルミー様に甘い顔はしたくない。
「命に関わるものではないようですし、自然治癒を待てば良いかと思います。それに精霊につけられた傷でしたら、私にもどうしようもできませんから」
「わかった。そう伝えておこう」
ディオン殿下は頷くと「また何かあれば連絡する」と言って帰っていった。
わざわざ、会いに来て伝えてくれるなんて律儀な人だわと思っていると、メイドが「ディオン殿下は少しでもリーニ様に会おうと必死ですわね」と言ってきた。
本当にそうなのかはわからない。
というか、それだけではないと思う。
あまりにも色々なことが起こってるんだもの。
エレーナ様が上手くいけば、私もディオン殿下のことを前向きに考えても良いのかしら。
そう思うと恥ずかしくなって、気持ちを切り替える。
私は聖女なんだから、聖女がやるべきことを優先しないといけないわ。
今日はソーンウェル王国の結界の確認と、明日は神様に確認した後に、ソーンウェル王国とノーンコル王国の間の結界を元に戻しに行くことにした。
そして次の日、私はピッキーの背中に乗ったエレーナ様と初めて会うことになった。
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この日の私は身支度に時間がかかってしまい、いつもより少しだけ遅い時間に小島に着いた。
聖女の多くはまだいたけれど、すでに二人の聖女は国に戻っていったとレッテムが教えてくれた。
エレーナ様がいるかどうかドキドキしながら、祭壇に向かって走っていると、真正面にピッキーが立ちはだかった。
慌てて足を止めてよく見てみると、ピッキーの背中には童顔の小柄な女性がしがみついていた。
金色のふわふわのウェーブのかかった長い髪をおろし、青色の瞳は目が潤んでいるのかキラキラして見える。
「あれがエレーナだよぉ」
一緒に走ってくれていたレッテムが立ち止まって、小さな声で教えてくれた。
エレーナ様は私に話したいことでもあるのか、ずっとこちらを見つめている。
だから、祭壇に向かう前に彼女と話をしてみることにした。
「エレーナ様ですよね。はじめまして、私はリーニ・ラーラルと申します」
「エレーナ・ボレルコットです」
カーテシーをすると、エレーナ様は軽く頭を下げて名乗ってくれた。
私に対する敵意は、フワエル様のおかげで少しはなくなったのかと思ったその時、エレーナ様が口を開く。
「どうして、リーニ様ばっかりなんですか!」
「はい?」
「ディオン殿下の時だってそうでしたけど、どうしてフワエル殿下までリーニ様にこだわっているんですか? もしかして、魅了魔法でもかけているんですか?」
「そんなものを使っていたら、さすがに神様から何か言われます。それに、魅了魔法は私には使えません。大体、フワエル殿下は私にこだわってなんていません。ルルミー様と私を交換したくらいなんですから」
「でも、フワエル殿下は聖女ならリーニ様のほうが良いって言っているんです!」
フワエル様は何を考えているのかしら。
たとえ、そんなことを思っていたとしても本人に言うことじゃないでしょう。
人への思いやりをどこかに置き忘れてきたんじゃないの?
「フワエル殿下は聖女を選ぶ立場ではありませんから、気にしないことが一番です。それに、フワエル殿下は他の聖女のことを知ったら、私よりも他の聖女が良いと言い出すに違いありません」
フワエル様もノーンコル王国の国王陛下も、私のことを役立たずだと思っている。
だから、ルルミー様のように外見が良くて聖女としての実力もある彼女を選んだ。
二人はノーンコル王国が魔物に攻め込まれることを恐れているから、実力のある聖女がほしくてたまらないのでしょう。
今のところ、エレーナ様の実力がわからないことと、足に障害があることから、何かあった時にすぐに動けないという不安感があって、フワエル様は聖女はエレーナ様よりも私のほうが良いと言っているのだと思う。
「私よりもエレーナ様が聖女として優れているということが証明されれば、フワエル殿下は私のほうが良いだなんて言い出すことはないかと思います」
「……本当ですか? 嘘を言って、私を騙そうとしているんじゃないですよね?」
エレーナ様は可愛らしい顔を歪めて聞いてくる。
自分で言うのも悲しくなるけれど、真実だと思うから口を開く。
「フワエル殿下は私が役立たずだから婚約破棄したんです。騙すつもりはありませんが、私を疑いたい気持ちもわかります。ですから、自分の目で判断してください」
「どうすれば良いんですか?」
「エレーナ様はもう、聖なる力を授かったんですよね?」
「ええ。ピッキーに乗せてもらったから、とても早く着いたんです」
「でしたら、多くの力を授かっているかと思いますので、治癒能力を見せて差し上げてはどうでしょうか」
「力を見せたら、私はフワエル殿下に認めてもらえるのでしょうか」
「先ほども言いましたが、判断するのは私ではありません。気になるのでしたら、帰ってすぐに確かめてみてはいかがでしょうか」
「わかりました」
エレーナ様は頷くと、ピッキーに話しかける。
「今日はもう帰ります。ピッキー、これからもよろしくね」
「わかったよ。だけど、オレとの約束も忘れないでくれよ」
「わかっています。ですが、まずは私のことからです」
ピッキーとエレーナ様との約束が少し気になったけれど、二人にわざわざ声をかける気にもならないので、祭壇の順番待ちの列に並んだ。




