26 聖女の恋
家に戻ると、他の聖女たちから手紙が届いていた。
その手紙を読んでいる途中でディオン殿下が訪ねてきた。
「おはよう。朝早くから悪い。昨日はありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございました! おかげで温かく過ごせました。それに、ディオン殿下にお会いできて嬉しかったです」
なぜか今までよりもキラキラして見えるディオン殿下にお礼を言ったところで、私は昨日の晩に体を洗っていないことや、メイクが落ちていることに気が付いた。
ただでさえ、酷い顔なのにメイクが落ちている顔なんて見られたくない。
そんな風に思って焦っていると、気にする様子もなくディオン殿下が話しかけてくる。
「疲れているのに押しかけてしまって悪い。でも、リーニが無事に戻ってきてくれて良かった」
「……ありがとうございます!」
深々とお辞儀をすると、ディオン殿下が話を続ける。
「どうしても伝えたいことがあって来たんだ。朝早くからすまない。簡単に話すが、エレーナのことは心配しなくて良い」
「……どういうことでしょうか」
内容が内容だけに顔を隠してなんていられないと思い、顔を上げて尋ねると、ディオン殿下は苦笑する。
「エレーナはフワエル殿下に一目惚れしてしまったそうだ。だから、喜んでノーンコル王国の聖女になるという連絡が来た」
「ひ、一目惚れ!?」
予想していなかった展開だったので、私は大きな声で聞き返した。
ディオン殿下に話す時間があるというので、ソファに座って詳しい話をしてもらった。
今日の朝、エレーナ様からディオン殿下に手紙が送られてきたそうだ。
手紙には、私のことだけを見てくれる人が見つかったなど、フワエル様を褒め称えることが書かれていたと教えてくれた。
ディオン殿下には、今まで迷惑をかけてしまって申し訳なかったと謝ってもいたらしい。
「俺のことを諦めて前を向いてくれたのは良かったが、まさか、フワエル殿下を好きになるとは思わなかったな」
「フワエル殿下は見た目はとても良いですし、恥ずかしがることもなく甘い言葉を吐ける方ですから、男性慣れしていないエレーナ様には、フワエル殿下が魅力的な男性に見えてしまっているのかもしれません」
「エレーナはもうノーンコル王国の聖女だから、こちら側からは干渉するようなことは言えない。でも、フワエル殿下はやめておいたほうが良いと伝えたほうが良いだろうか」
「今のエレーナ様は周りが見えなくなっている状態だと思います。本人自身が真実に気づかなければ目を覚ますことはできません。ですから、様子を見ておいたほうが良いかもしれません。嫉妬していると取られる可能性もありますし」
冷たい言い方かもしれないけれど、今のエレーナ様は周りに何を言われても、フワエル様を諦めることはしないと思う。
何か言えば、余計に燃え上がらせてしまうだけかもしれないので、今は放っておくのが一番なのではないかと思った。
誰を好きになるかは、その人の自由でもある。
エレーナ様がフワエル様を良い人に変えてくれる可能性もあるしね。
「そうだな。では、そっとしておくことにする。それから気になることがあるんだが」
「どのようなことでしょうか」
「ノーンコル王国の結界はどうなるんだろうか。エレーナがノーンコル王国の王城にいるということは、結界付近に聖女がいないことになる」
「それはそうですね。結界は兵士たちが見張っていますので、異変があれば気が付いて知らせると思います。でも、今のところ、すぐに結界が破られるというようなことはないと思いますから、ソベル大将には今まで通りに戻ったと連絡を入れておこうと思っていました」
魔物の数があれだけ少なくなったのなら、今まで通りに暮らしていても大丈夫なはずだし、結界が弱ってくれば、エレーナ様が結界のところまで行って、結界を修復すれば良い。
今日のエレーナ様は魔力がないから、何かあれば、私と交代してくれるはずだった聖女が助けに行ってくれるはずだ。
「ならいいが、エレーナはこれからどうするつもりだろうか」
「それは本人に聞いてみなければわかりませんね」
エレーナ様が聖女に戻ったのであれば、明日には小島で会うことが可能なはずだ。
話しかけてみようかしら。
……いや、やめておいたほうがいいわよね。
いくら、エレーナ様がフワエル様を好きになったといっても、私の顔を見たら憎いと思うかもしれない。
フワエル様は私にノーンコル王国の聖女に戻ってほしがっていた。
でも、エレーナ様に頑張ってもらえば、もうあんな失礼なことを言われないで済むし、下手に波風を立てたくない。
とりあえず、小島で会ったら挨拶するだけにして、自分から話しかけるのはやめておこう。
向こうから話しかけてきたら話をするといった感じでいいわよね?
「ノーンコル王国で幸せになってくれれば良いんだがな」
「馬鹿なことを考えずに、真面目に聖女の役割を果たしていれば幸せになれると思います」
「でも、妻にはなれないんだぞ」
「……どういうことでしょうか」
フワエル様がエレーナ様を選ばなかったら意味がないということかしら。
はっきりとした理由がわからないので聞いてみると、ディオン殿下は答えてくれる。
「フワエル殿下はルルミーのような女性がタイプらしい。だから、結婚はルルミーとするかもしれないと言っていた。本当は君と結婚したいだなんて馬鹿なことも言っていたので、それは勝手にお断りさせてもらったんだが良かったかな」
「断っていただきありがとうございます。今更、フワエル殿下とどうこうなるつもりはありませんから」
頭を下げてから苦笑すると、ディオン殿下は安堵の表情を浮かべた。




