25 信仰の自由
ディオン殿下は私を見て話しかけてくる。
「じゃあ、リーニ。休める時は体を休めるように。君をここに残して帰るのは本当は嫌なんだが、君が君のやるべきことをしているように、俺も自分の仕事をしっかりこなそうと思う」
「お気遣いいただきありがとうございます。私はソーンウェル王国の聖女ではあります。でも、ノーンコル王国は他国だからといって助けないこともおかしいのです。ですので、今日はノーンコル王国の国民のために頑張らせていただきます。ディオン殿下も無理はしないようにしてくださいませ」
そこまで言って、ルルミー様は今、どうしているのか気になった。
「ディオン殿下」
「どうした」
「現在、ルルミー様はどうしているのでしょうか」
「ルルミーは見張りをつけて実家に帰らせている。どうせ、その内、帰らないといけない場所だからな」
私が不安そうにしているように見えたのか、ディオン殿下は優しく微笑む。
「フワエル殿下との話が終われば、ルルミーの動きを再度確認しておく」
「ありがとうございます」
一礼すると、ディオン殿下は私の頬に大きな手を当てた。
「冷たくなってる。風邪をひかないように温かくするんだぞ」
「は、はい!」
「では、フワエル殿下、ノーンコル王国の新しい聖女になる予定のエレーナの件でお話があります」
ほぼ無理やりといった感じで、ディオン殿下はフワエル様を連れて、民家に続く方向に歩いていった。
フワエル様の前だから、わざと触れたんでしょうけれど、胸のドキドキがおさまらない。
頬に触れられたことも嫌じゃなかった。
恥ずかしくて体が熱くなったからか、しばらくは寒さを感じることはなかった。
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目を開けると、木々の隙間から陽の光が差し込んでいた。
少し眠ると言って横になった時は夜中だったのに、かなり眠ってしまったことに気づく。
慌てて身を起こすと体のあちこちが痛い。
「おはようございます、リーニ様」
「おはようございます」
見張りをしてくれていた兵士たちに挨拶を返してから、立ち上がって頭を下げる。
「仮眠のつもりが朝まで寝てしまったようで申し訳ございませんでした」
「気になさらないでください。魔物も姿が見えなくなっていますので、起こす必要もないかと思って、わざとお声がけしなかったんです。平和なものですよ」
「……そうなんですね。お気遣いいただきありがとうございます」
結界の向こうを見てみると、兵士が言うように魔物の姿は肉眼では見当たらなかった。
やっぱり、魔物はルルミー様がこの国の聖女だったから、この国の周りに集まろうとしていたのね。
私たちがここに来るようになったから、魔物はここを攻めても無理だと諦めて、自分たちが元々住んでいた場所に戻っていったのだと思われる。
詳しいことは小島に行って、神様に聞いてみることにした。
次の交代要員が来るまでに、もう一度結界のチェックをしようと思って歩き出したところで、ソーンウェル王国の家に戻されたのだった。
*****
まだ、小島に行ける時間だったので、ディオン殿下からもらった上着をレイカに預け、動きやすい服に着替えて小島に向かった。
時間ギリギリだったので、他の聖女たちの姿は見えなかったけれど、レッテムが待っていてくれた。
「おはよう、レッテム」
「おはよう、リーニ」
祭壇で力を授かったあと、レッテムに声をかけると、レッテムの赤い瞳がいつもよりも輝きがないように見えたので聞いてみる。
「昨日はどうだったの?」
「ルルミーが大変だったんだぁ」
「何かワガママを言ってきたの?」
「……ワガママというかぁ」
レッテムはしゅんと顔を下に向けたあと、すぐに顔を何度も横に振る。
「リーニに心配かけちゃ駄目だよねぇ。ぼく、もっとしっかりしなくっちゃ」
「パートナーなんだから気にしないで。今のレッテムも私は好きよ。話を聞いてもらうことで私に気を遣うというのなら、あとで私の話も聞いてもらえたら嬉しいわ」
「うん!」
レッテムは声を弾ませ、大きく頷いてから話し始める。
「いっぱいお話したいけどぉ、時間がないから、エレーナの話だけするねぇ。もし、ルルミーのことがどうしても気になるなら、ルルミーは彼女の家にいるから見に行ってみてぇ」
レッテムは私を見上げて、ひくひくと鼻を動かす。
その可愛さに癒やされ、頬を緩めて頷く。
「わかったわ。じゃあ、エレーナ様の話をお願いできる?」
「うん! あのねぇ、エレーナはルルミーの代理聖女の任を解いたよぉ。そして、自分が聖女に戻ることに決めたんだぁ」
「今回の件で懲りたということかしら」
「そうかもしれないし、他に頼める人がいないのかもねぇ」
「……エレーナ様はルルミー様以外に頼れる友人がいなかったみたいですものね」
頷くと、レッテムは顔を下に向けて話す。
「他にも知り合いはいるんだけど適さなかったんだぁ。人の信仰は自由だからねぇ。邪神を崇める人もいるんだよぉ」
「邪神を? 何のために?」
「今の世界を嫌う人だっているんだよぉ。人間なんて滅びれば良いとかねぇ」
「人間が人間の滅びを望んでいるの?」
「うん。人間を嫌いになってしまった人だっているんだよぉ。あと、神様を信じられなくなった人もねぇ」
理不尽なことで誰かの命が奪われたりした時、神様を恨んでしまう感情が生まれる人もいると聞いたことがある。
聖女でいう闇落ちになるのだろうけど、普通の人の場合は信仰する神を変更しただけになる。
「邪神を崇めて何になるの。自分だって死んでしまう可能性があるのに」
「そのような人の多くは魔物になりたがるんだぁ」
「……ちょっと待って。じゃあ、私たちが見てきた魔物の中には元人間がいるということ?」
「そうなるよぉ。人としての記憶が残っている魔物もいるしねぇ」
「今まで、そんな話を聞いたことがなかったわ」
神様や聖女は今まで、どうしてこのことを他の人に伝えなかったのかしら。
もしくは、私が人に教えてもらえなかっただけかもしれないわね。
「一般の人に伝えることを迷ったんだよぉ。知識があることは、それだけ邪神を信仰する可能性も高くなるんだぁ。伝えていないということは、人の信仰の自由を制限してしまっているから、良くないのかもしれないけどぉ」
「……そうね。でも、多くの人は穏やかな生活を望んでいるし、邪神が関わらない限り、神様が人の世界に介入することができないのはわかっているわ」
「……うん」
「それに今でも邪神を信仰する人がいるんでしょう? だから、信仰の自由の制限には当てはまらないと思うけど、どうかしら」
「言い伝えとして魔物になってしまうという話も伝わってるし、いいのかなぁ?」
不安そうにしているレッテムの頭を撫でる。
「あなたは神様の遣いなんだから、堂々としていていいのよ。私は知らなかったけれど、言い伝えでも人に伝わっているのなら、選択の自由があるということで良いと思うわ」
「ありがとう、リーニ。ああ、話がずれちゃったから、話す時間がなくなっちゃったぁ。また、明日話すねぇ。ごめんねぇ」
レッテムが謝ったところで、私は小島に続く橋に飛ばされていた。




